”まず優勝できる”と信じる力、リーチ・マイケル選手のメンタル

ラグビー日本代表のキャプテンを務めたリーチ・マイケル選手。日本史上初となるベスト8への入賞にも大貢献したトップアスリートです。どの大会であっても勝利するために必要なものは、”ます信じる力”だとメンタルの重要さを話しました。ラグビー留学生として日本へ来日した彼は、日本のために勝ちたいという思いを抱くようになりました。今回は、リーチ・マイケル選手についてお話します。

【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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リーチ・マイケル選手を形成した”愛溢れる両親の教え”

ニュージーランド・クライストチャーチ出身のリーチ・マイケル選手。ニュージーランド出身の父とフィジー出身の母のもと生まれ育ちました。4人兄弟の3番目で兄と姉、妹がいます。とても内気であり、兄弟の中で性格が一番父に似ていたという幼少期時代でした。

そんなリーチ・マイケル選手がラグビーを始めたのは、5歳の時でした。父がラグビーの経験者で母から「やってみたら」と勧められたのがきっかけ。6人の大家族は、非常に貧しく線路沿いの平家で暮らしていたそうです。小柄な体型に靴もボロボロな身なりからイジメにあっていた時期もあり、ゴミ捨て場で拾ったガラスをカットして部屋に取り付けたこともあったと言います。

それでも愛に溢れ、とても幸せな家族だったそうです。特に父のジェフリーさんは、”誰かのために役に立ちたい”という信念を持ち、仕事を退職後に電気も水道もない大自然で自給自足の暮らしをしています。道路を整備したり困っている人のために家を直すことが移住した理由でした。

ラグビーを始めた頃のリーチ・マイケル選手にも「やりたいならやりなさい」と決して無理強いすることなく優しく見守ってくれました。母のイヴァさんが作った”ロティ”という料理が大好物だというリーチ・マイケル選手。小麦粉をこねて薄く焼いたもので羊のカレーを包んで食べるのが絶品だそうです。

そんな母から教わったのは「人を恨んではいけない。愛しなさい。相手を尊敬すれば、自分も幸せになれる」ということでした。1ヶ月のラグビー留学でもリーチ・マイケル選手と離れるのが寂しかったそうですが、今では日本代表そしてキャプテンとして頑張っている姿を見るのが楽しみだと言います。

試合も必ず全て見て直接感想を言われるほど熱意を持つ母イヴァさん。もちろんダメ出しをされることもしばしばでアドバイスが的確なのだというから驚きます。例えば「キャプテンだからと周りを気にしすぎて失敗を恐れている。まずは自分のやるべきことをやりなさい」と言われたことで誰よりも体を張るようになったのです。

そして「人に敬意を払いなさい」というアドバイスのもと”チームメイトを尊重し、周囲に感謝の気持ちを忘れないリーチ・マイケル選手。人望ある日本代表のキャプテンの原点は、”誰かのために役に立ちたい”という信念を持つ父と「人を恨んではいけない。愛しなさい。相手を尊敬すれば、自分も幸せになれる」との母の言葉、”愛溢れる両親の教え”なのです。

”ラグビーで恩返しを”日本への思いがメンタルの源

15歳の時にクライストチャーチのセント・ビーズ・カレッジからの留学生として来日したリーチ・マイケル選手。札幌山の手高校から東海大学体育学部に進学し、ラグビーに励みました。ジュニア世界選手権にも日本代表として出場しました。

日本代表としてキャプテンにも選ばれると3年生の時に出場した全国大学ラグビーフットボール選手権大会で準優勝、4年生の時には、ベスト4の成績を残しました。

大学卒業後に東芝ブレイブルーパスに加入しますが、何事もなく順風満帆な留学生活を日本で過ごせたというわけではなかったのです。それは来日して1年が過ぎようとした頃、故郷ニュージーランドからとてもショッキングな知らせが届きました。15年間育った愛する家族との思い出がたくさん詰まった家が火事にあってしまったのです。

東海大学体育学部のラグビー部の佐藤幹生監督も彼の心を気遣い「故郷に帰って家族に会ってこい」と声を掛けました。しかし、家族全員の無事を確認すると「それならもう十分です」とクライストチャーチに戻ることはありませんでした。

この時の本心を「目の前が真っ暗になった」と話したリーチ・マイケル選手。自分の部屋の押入れのカーペットを少し切り取り、秘密の穴を作っていたそうです。そこには思い出の写真や手紙を入れていました。当時まだ15歳のリーチ・マイケル選手にとって”人生の宝物”とも言っても過言ではない大切なものだったに違いありません。そんな大切な思い出の品を全て失ってしまいました。

しかしそれと同時に「もう帰る場所はない。自分のものは全部燃えた。残ったものは、今日本にあるものだけ」と心が吹っ切れて冷静になれたそうです。

異国の地で生家の火災の悲しみにも負けることなく、懸命にラグビーに励む彼の姿に心をうたれた佐藤幹生監督。実は、リーチ・マイケル選手本人に内緒で呼びかけを行いました。その結果、たった4日間で学校関係者や保護者などから70万円ほどの募金が集められました。

さらにこの募金をリーチ・マイケル選手本人に内緒でクライストチャーチにいる母イヴァさんに送りました。後日、母親からこの話を全て聞かされたリーチ・マイケル選手。「日本に来てたった1年の自分になぜここまでしてくれるのか?」と心が熱くなったそうです。

そしてこの時、ある覚悟が芽生えたたと言います。「自分にはラグビーでしか恩返しができない。日本と仲間のためだったらなんでもやる」というもの。日本を愛し、日本のために全力投球で打ち込む”日本への強い思い”が、キャプテンとしてのメンタル強さを育んでいったのです。

まずは”優勝できる”と信じる力

日本代表のキャプテンを務めあげ、チームを史上初のベスト8へと導いたリーチ・マイケル選手。彼が日本代表に入った頃とは比べ物にならないほどラグビーが日本中で注目されていることに驚きと喜びを感じていました。同時に「それほど期待もあるのでしっかりプレッシャーを感じながら準備していきたい」と強い決意も話しました。

キャプテンの後継者について聞かれた際にも「このチームは、誰がキャプテンをやってもうまく行く」とチームの頼もしさを語りました。リーダーグループがしっかりしていること、そして選手同士の会話もしっかりしていることをポイントを挙げたリーチ・マイケル選手。とても信頼できる良いチーム作りができているのだそうです。

チームを心から大切に思う心が伝わってくる彼は、目標についても”優勝”だと迷わず答えました。「優勝できない可能性はない。優勝できる可能性はある。ゼロじゃない。それに向かって準備したい」とも話しました。もちろん優勝することは難しいことですが、「いつか狙わないとチームが変化を起こせない」と優勝を目指すメンタル強さを示したのです。

選手たちの中でも「信じることが大事」と話しますが、もちろん優勝の自信はまだないそうです。しかし「まず(優勝できると)信じること」これからの1試合ずつでどんどん気持ちを高め、優勝できると自信をつけてメンタルを作り上げていくと言います。日本を愛するリーチ・マイケル選手は、今後も強い思いと笑顔で精神的支柱としてチームを支えていくのです。

今回は、リーチ・マイケル選手についてお話しました。異国の地で留学生活を送ることは、勇気が必要でとても大変なことです。さらに故郷での悲しい出来事まで乗り越えたことでメンタルは、より強固なものとなりました。彼のメンタルに対しての考え方や保ち方は、アスリートのみならず多くの人が仕事やスポーツで活かせるものです。これからも見守り、応援していきたいアスリートの一人です。

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【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
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プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

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