ルーツは”尊敬する恩師と唯一無二の親友”の言葉、渡邊雄太選手

バスケットボールのメンタル

日本人史上2人目のNBA選手となった渡邊雄太選手。身長2メートルを超える恵まれた体格と豊富な運動量で外国人にも劣らないパワーを持っています。定評のあるディフェンスとスリーポイントも高確率で決めるオフェンス力を兼ね揃え、いくつものポジションをこなせるのも魅力。バスケットボール界の最高峰のチームの中でもたちまち目の肥えた地元バスケットボールファンを熱狂させます。2018年には、アトランティック10最優秀守備選手賞を受賞。今回は、渡邊雄太選手についてお話します。

【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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”バスケット一家”で生まれ育った渡邊雄太選手

神奈川県横浜市出身の渡邊雄太選手。父は、かつて日本リーグで優勝を飾った経験もある熊谷組に所属した元バスケットボール選手です。母も全国高校総体で優勝後、シャンソン化粧品に所属されていました。そして、日本リーグMVPに選出され日本代表のキャプテンを務めたバスケットボール経歴を持ちます。

日本プロバスケットボールの前身であった強豪チームでプレーした両親。そして姉もWリーグのアイシン・エィ・ダブリュに所属した選手でした。父の身長は190センチ、母の身長も177センチで長身のDNAを受け継ぎました。幼稚園に入ったころ、父の出身地である香川県に引っ越し、母が三木スポーツ少年団からコーチの依頼を受けました。これがきっかけとなり、母がコーチするチームでバスケットボールを始めた渡邊雄太選手でした。

中学2年生になると香川代表として都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会に出場を果たしました。高校は尽誠学園に進学し、1年生ながらスターティングメンバーとして全国大会にも出場。チームを2年連続で冬の全国大会ウィンターカップの準優勝に導きました。

監督からは「努力の上に才能が乗っかっている」と評価されていた渡邊雄太選手。アメリカでのプレーを志し、高校卒業後に渡米することを決意しました。アメリカの首都ワシントンD.C.一部リーグのジョージ・ワシントン大学に入学し、課題にぶち当たりながらも強靭なメンタルで克服しました。

ガードからセンターまでこなすディフェンス力に加え、長身ながらスリーポイントも打てるオフェンス力でも高評価を受けるまでに成長。4年目にはチームのエースに成長すると得点、リバウンドでブロック1位となる成績を残しました。メンフィス・グリズリーズ、ハッスル、トロント・ラプターズ、ブルックリン・ネッツとバスケットボール界の最高峰のチームでプレーし続けています。

成功のキッカケは”親友との反省会”

NBAで3年間プレーし、トロント・ラプターズとの本契約を交わした渡邊雄太選手。やっと自分を評価してもらえたと素直に喜んだと言います。しかしこれは、あくまでも”通過点”。来年も契約してもらうことができ、プレーできるかどうかの保証もありません。

そのため”ホッとした”というわけではなかったそうです。そんな嬉しいながらも複雑な感情を報告をしたのは、まず両親そして渡邊雄太選手にとって唯一無二とも言える大切な存在の2人。高校時代の恩師である尽誠学園コーチの色摩拓也先生と当時チームメイトだった同級生の楠元龍水さんでした。

掛けてくれた言葉も「やっとか遅すぎるくらい。もっと早く本契約できてもおかしくなかった」という同じ言葉だった二人。”もうとっくにNBAで活躍できる選手に成長している”と思ってくれていたそうです。本契約のことは喜んでくれた上で「NBAで通用する選手になったこと、プレーし続けていることが嬉しい」と言われたと言います。

信頼できる唯一無二の存在である二人からの言葉は、渡邊雄太選手にとって本契約できたことと同じくらい幸せなものでした。楠元龍水さんからは、スマートフォンのスクリーンショットも届きました。

ここぞという時には、お互いのやり取りを残してくれています。まずアメリカに渡った年でメンフィス・グリズリーズでプレーをした頃の『こんなとこは通過点やしこんな自分に満足したらあかんって毎日自分自身を奮い立たせとる』という言葉。せっかく出番が回ってきたのに思い描いていたプレーができず、結果も残せないままチームに貢献できなかった日のものでした。

この日、楠元龍水さんも受け持つチームを勝たせてあげられなかったそうです。相手が高いレベルでありながらも『腐ったら終わりや』乗り越えられるかどうかで良い選手、良い指導者になれるかということを話しました。またGリーグのハッスルでプレーしていた2年目、出番が回ってくる機会さえもなく気を落としていた時の『雄太にしかできない最強の壁で最高のチャンスだ』と背中を押したという楠元龍水さんの言葉。

今でもNBAで出場した全ての試合を欠かさずチェックし、試合で感じたことを指摘してくれるそうです。「なんで(シュート)打たなかったの」など”フリーになったものの自信がなくて打てなかった”場面でも唯一無二の親友との反省会です。別の試合で同じような場面が訪れ、この時には思い切って(シュートを)打ちました。

リングにかすったもののシュートは外れてしまいましたが『どんなシュートでもある程度自信を持って打てるようになったのは技術というよりメンタル面での成長が大きかったと思う』と話した渡邊雄太選手。楠元龍水さんも「この前の反省を活かして打てて良かった」と評価してくれたそうです。

もちろんこの時にも”打つからには当然決めなければならない”と反省し、練習を繰り返しました。次に同じような場面で打ったドリブルからのスリーポイントシュートは見事に決まり、この1本をキッカケにスリーポイントの成功率が高確率で決まるようになっていったそうです。親友との反省会の積み重ねが、試合の出場機会を増やすキッカケとなったのです。

親友との反省会はある意味でメンタルコーチングの要素が垣間見れるエピソードかと思います。こういった言葉で相手を励ましたり、自省を促し支えてくれる人の存在はとても貴重です。

ルーツは”尊敬する恩師の言葉”

尽誠学園コーチの色摩拓也先生を”日本一の指導者”だと話す渡邊雄太選手。高校時代のある日、普段試合に出ていない生徒が練習中に一瞬気を抜いてしまったことに気が付き、すぐに指導したことがあったそうです。

その生徒は「先生どこに目がついてるの。あの場所で別のコート見ながら俺のことも見れるわけがない」と驚いたのです。それほど生徒を分け隔てなく一つ一つの行動を見ていました。

試合に出れなくても別のコートで練習していても見てくれていることが生徒たちの練習のモチベーションに繋がります。もちろん指導者だからといって当たり前にできることではありません。そして経験が豊富であっても今でも常に勉強し、使えそうな新しい情報や知識をチームに取り入れていくのも色摩拓也先生の魅力です。

例え昔はダメだったことでも今の生徒に合うかもしれないと感じれば、少しずつ変化させて取り入れることもあります。チームや生徒一人一人のことをしっかり見て理解しているからできることです。

”変化を恐れず新しいものを取り入れること”柔軟でありながら一方で”軸になる部分は絶対にブレない”のが尊敬する恩師から教わった大切なこと。そして”初心を忘れず、謙虚であること、感謝すること。頭を使いながらプレーすること、サボったり手を抜いたりしないこと”。色摩拓也先生から教わった色摩拓也先生で渡邊雄太選手はバスケットのスキルはもちろん強いメンタルも養うことができました。

高校3年間で培った質の高いフットワークは、NBAのディフェンスでも活かされていると言います。アメリカでもバスケットIQが高いと評価されている渡邊雄太選手。色摩拓也先生に指導を受けた3年間がバスケット人生の”ルーツ”なのです。

今回は、渡邊雄太選手についてお話しました。NBA選手として活躍するルーツとなったのは、尊敬する恩師と唯一無二の親友の存在。培ってきた経験の全てが、アメリカでも通用する渡邊雄太選手のバスケット人生を作り上げています。今後の活躍も非常に楽しみなアスリートの一人です。

多くのアスリートが是非とも参考にしてほしいが、彼が最高の指導者に出会った事です。人との出会いは運的要素もあるかもしれません。しかし、選べるのであれば選ぶことも躊躇しないでほしいなと思います。

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【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

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