スポーツ選手のメンタルコーチングに対面が不可欠な3つの科学的理由

熱狂と興奮に包まれたW杯が終わってから、数日が経ちました。

大舞台での激闘を終えた直後、今回メンタル面からサポートさせていただいた選手と、直接対面してじっくりと話をする機会がありました。

そこにあったのは、画面越しでは決して伝わらない、生々しい感情の交錯でした。

本当に悔しさを滲ませる沈黙の時間。大粒の涙を流す際に鼻をすする音。

手渡したティッシュから伝わる、わずかな手の震えと体温。

肩を大きく上下させながら涙を流すその姿に、彼がこのW杯というスポーツの祭典にかけてきた想いの深さ、そしてアスリートが背負っている目に見えない重圧を改めて肌で実感しました。

もしこれが、オンラインの画面越しの対話であったなら、私は彼の本当の痛みにここまで寄り添うことができたでしょうか。

オンラインではなく、直接同じ空間で会って話すからこそ、感じ取れる繊細な空気感や熱量があります。

私が設立した一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会では、「One athlete, One mental coach 〜1人のアスリートに、1人のメンタルコーチを〜」というスローガンを掲げています。

この想いの根底にあるのは、孤独な戦いを強いられる一人一人のアスリートに対し、真の意味で心に寄り添っていける人間を増やしていきたいという強い願いです。

だからこそ私は、現在の世の中に蔓延しつつある「手軽なオンラインコーチング」や「オンラインセミナーだけで完結させようとする風潮」に対して、スポーツの現場を知る人間として、あえて強い危機感と懐疑的な想いを抱いています。

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現代におけるコミュニケーションの変容とスポーツメンタルの特異性

昨今、ビジネスの現場でも日常のコミュニケーションでも「Zoom」などに代表されるオンライン通話ツールがすっかり定着しました。移動の手間や時間が省け、遠く離れた海外のチームに所属する選手とも画面越しで瞬時にコミュニケーションが取れるため、テクノロジーとしては非常に便利で革新的なツールです。

しかし、「スポーツ選手のメンタルコーチング」という、極限の精神状態を扱う特殊な領域においては、どうしても「対面でなければならない科学的な理由」が存在することをご存知でしょうか。

スポーツにおけるメンタルとは、単なる「気分の浮き沈み」ではありません。0.1秒の判断ミスが勝敗を分け、数ミリの身体のズレが結果に直結するシビアな世界において、メンタルの状態はパフォーマンスそのものです。今日は、極限状態にあるアスリートの心を扱う上で、なぜ私たちが「現場の空気感」や「身体を突き合わせる対面の時間」を不可欠だと考えているのか、3つの科学的な視点から紐解いてみたいと思います。

1. 画面越しでは「脳の同期(シンクロ)」が劇的に抑制される

アメリカの名門・イェール大学の最新の脳科学研究(※)により、人間のコミュニケーションに関する非常に興味深い事実が判明しています。それは、「対面でのリアルな会話」と「オンラインビデオ通話での会話」では、脳の働きそのものがまったく異なるということです。 (※引用元:https://news.yale.edu/2023/10/25/zooming-our-brains-zoom

人間は、目の前に生身の相手がいるとき、無意識のうちに相手の視線や瞳孔のわずかな動き、細かな表情の変化を読み取り、お互いの脳の神経活動を「同期(シンクロ)」させています。スポーツメンタルの領域において、この脳のシンクロニシティは絶対的な信頼関係を築くための土台となります。脳が同期することで、深いレベルでの共感や、言葉を交わさずとも通じ合う直感的な理解が生まれるのです。

しかし研究によると、オンライン通話ではこの神経信号の伝達が劇的に低下し、脳が対面時のような活発な社会的相互作用を起こさないことが明らかになっています。言葉にならないプレッシャーと孤独の中で戦うアスリートの「本当の心の内」を引き出し、彼らの魂に触れるようなメンタルコーチングを行うには、脳がフル稼働して互いにシンクロできる「対面の空間」がどうしても必要になるのです。

2. アスリートのメンタルは「脳」ではなく「身体全体」に現れる

心理学や認知科学の分野には「身体化された認知」という重要な考え方があります。これは、人間の心と身体は決して切り離されているのではなく、深く連動し、相互に影響を与え合っているという概念です。

とくに、己の身体能力を極限まで引き上げて戦うトップアスリートの場合、プレッシャーや恐怖、不安といったメンタルの揺らぎは、本人が言葉にして自覚するよりもずっと早く「身体のサイン」として現れます。 ・肩甲骨周辺のわずかなこわばり ・無意識のうちに生じる重心の微妙なズレ ・呼吸の浅さや、一定であるはずのリズムの乱れ ・グラウンドに足を踏み入れる際の、足の運び方の重さ

オンラインの画面では、カメラの枠に収まる「胸から上」の平面的な映像しか見ることができません。画面の外にある手の震え、足先の落ち着きのなさ、そして背中から発せられる言葉なき緊張感を読み取れない状態で「メンタル」を語ることは、スポーツという身体表現の極致において、本質的とは言えません。全身から発せられる微細なシグナルをすべて受け止め、心身の連動を整えることこそが、本物のスポーツメンタルコーチの役割なのです。

3. 「自律神経の協働調整」は同じ空間を共有して初めて起きる

極度の緊張状態にある選手や、過去のトラウマ、あるいは特定の動作ができなくなるイップスなどを抱えた選手の神経系を落ち着かせるには、コーチ自身がその場で放つ「安定した身体の存在」が最大の特効薬になります。

人間は、生物学的に「一緒にいる相手の穏やかな呼吸やリズムの良い鼓動、温かい体温、そして空間のゆとり」を肌で直接感じることで、自分自身の乱れた自律神経を自然と落ち着かせるようにプログラムされています。これを専門用語で「協働調整」と呼びます。

画面越しにどれだけロジカルで素晴らしいアドバイスをもらっても、人間のDNAに刻まれたこの「動物としての絶対的な安心感」は得られません。過酷な練習直後の荒い息遣いが響くグラウンドや、試合直前の張り詰めた空気が漂うロッカールーム。その特異な空間と時間を共にし、同じ匂いを嗅ぎ、同じ空気を共有して初めて、選手の心と身体を真の意味でチューニングし、最高のパフォーマンスへと導くことができるのです。

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会が目指す、温もりのあるスポーツメンタルの未来

もちろん、世界中を遠征して回るトップアスリートにとって、離れた場所からでもアプローチできるオンライン通話は欠かせないサポートツールの一つです。しかし、それはあくまで「思考の微調整」や「近況の点検」、日常のルーティンの確認に向いているものに過ぎません。

ベースとなる強固で深い信頼関係の構築や、本番のパフォーマンスに直結する「身体と心の連動」を根本から整える作業は、やはり同じ空気を吸い、同じ空間の熱量を肌で感じ合う「現場(リアル)」でしか成し得ないのです。すべてがデジタル化され、効率化されていく便利な時代だからこそ、身体を突き合わせる「生のアナログな時間」が持つ圧倒的な価値とパワーを、私たちRe-Departure株式会社は誰よりも信じています。

次回のW杯は4年後。そこへ向けて、私たちスポーツメンタルコーチとしての新たな歩みがまた始まります。

世の中には、ビジネスの効率化を優先し、安易にオンラインだけで選手サポートを完結させようとする流れがあるかもしれません。しかし私たちは、それに流されることなく、対面での「人の温もり」や「生身の暖かさ」を非言語の力で伝えられる、真のプロフェッショナルを育成し、世に送り出していきたいと考えています。

今日も私たちは、「One athlete, One mental coach 〜1人のアスリートに、1人のメンタルコーチを〜」という理想の世界を目指し、泥臭く、しかし確かな情熱を持って現場での歩みを進めていきます。アスリートの心に寄り添う私たちの挑戦に、ぜひご期待ください。

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【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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