メンタルトレーニングとメンタルコーチングの違いは思想の違い

こんにちは。スポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。

日々、スポーツ選手を一番近くで支え、彼らの成長や勝利を心から願っている指導者、保護者、そしてサポートスタッフの皆様。皆様のその情熱と愛情は、選手たちにとって何よりのエネルギー源となっています。しかし、時に「どうやって声をかければいいのか」「プレッシャーに押しつぶされそうな選手をどう導けばいいのか」と、サポートのあり方について深く悩む瞬間があるのではないでしょうか。

世の中には、選手の心をサポートするためのアプローチとして「メンタルトレーニング」と「メンタルコーチング」という二つの言葉が存在します。これらは日常的に混同されがちであり、どちらも「心を強くして結果を出すためのもの」として一括りにされることが少なくありません。

しかし、この二つには明確な違いがあります。それは単なる手法やテクニックの違いではありません。もっと根本的な、奥底に流れる「思想の違い」なのです。

この思想の違いを理解していただくために、少しスポーツの世界から離れて、航空機の世界のお話をしましょう。

【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

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エアバスとボーイングに見る「設計思想」の違い

世界の民間航空機市場を二分する、ヨーロッパのエアバス社とアメリカのボーイング社。この両社は、素晴らしい飛行機を製造し、安全に乗客を目的地まで運ぶという最終目的は全く同じです。しかし、そこに至るまでの「設計思想」には明確な違いがあると言われています。

エアバス社の根本的な思想は「人は必ずエラー・ミスをする生き物である」という前提に立っています。極限の状況下でパイロットがパニックに陥ったり、誤った操作を行ったりする可能性がある。だからこそ、人間よりも正確なコンピューターを信頼し、人間の操作に制限をかけるべきだ、という考え方です。パイロットが危険な角度で機体を傾けようとしても、コンピューターが「それは危険だ」と判断すれば、パイロットの操作をオーバーライド/無効化して安全な姿勢を保ちます。つまり、「人間のエラーをコンピューターが未然に防ぐ・制御する」という思想です。

一方、ボーイング社の思想は異なります。ボーイング社ももちろん高度なコンピューターを搭載していますが、その根本には「最終的な判断を下すのはパイロットである人間であり、コンピューターはあくまで人間を補完するものである」という思想があります。計器類はあらゆるデータを提供し、危険を知らせますが、最後の最後、想定外の事態に陥った時に操縦桿を握り、機体をコントロールする全権はパイロットに委ねられています。「人間の持つ直感や経験、そして状況判断能力を最大限に生かすために、コンピューターがサポートする」という思想なのです。

どちらが優れているかという話ではありません。どちらも「安全」を追求した結果生まれた、異なるアプローチです。

そしてこれと全く同じ構造が、スポーツ選手の心をサポートする世界にも存在しているのです。

メンタルトレーニングの思想|「理想型」へ近づけるための技術付与

メンタルトレーニングは、航空機で言えばエアバス社の思想に近いアプローチを持っています。

メンタルトレーニングの根底には、「スポーツ心理学に基づく理想的な心の状態が存在し、その状態を意図的に作り出すためのスキルを身につけるべきである」という思想があります。緊張や不安、集中力の欠如といった心理的課題を一種の「エラー」と捉え、それを修正し、コントロールするための具体的な呼吸法、筋弛緩法、イメージトレーニング、ルーティンの構築などの手法を選手に提供します。

心理学的な背景として、ここには行動主義心理学や認知行動療法の考え方が強く影響しています。人間の心と体はつながっており、特定の行動、例えば深呼吸をとることで自律神経に働きかけ、心拍数を落ち着かせるという生理学的なメカニズムを利用します。また、マイナスな思考が浮かんだ際に、それをストップさせてプラスの思考に置き換える「思考停止法」などもトレーニングの一環です。

このアプローチは、「外側から技術を付与する」という形をとります。選手がパニックに陥りそうなとき、あらかじめインストールしておいた「ルーティン」という名のコンピューターを作動させることで、心のエラーを防ぎ、一定のパフォーマンスを担保するのです。

たとえば、試合前に極度の緊張で体が動かなくなる陸上選手がいるとします。メンタルトレーナーは、彼に対して「緊張を和らげるための漸進的筋弛緩法」や「過去の最高のパフォーマンスを鮮明に思い出すイメージング」を指導します。選手はこれを反復練習し、試合会場で意識的に実行することで、緊張というエラーを抑制し、実力を発揮できるようになります。これは非常に強力で、即効性のあるアプローチですが、脳の仕組みで馴化があります。常に同じことをすると慣れが生じて効果を実感できなくなる未来が待っています。

メンタルコーチングの思想|内なる答えを引き出す

一方、私が行っているメンタルコーチングは、ボーイング社の思想に近いアプローチです。

メンタルコーチングの根底には、「選手自身の中にすでに答えがあり、困難を乗り越える力を持っている」という思想があります。コーチは選手に「こうすべきだ」「こう考えなさい」と外から教え込むことはしません。最終的に心の操縦桿を握るのは選手自身であり、コーチはその選手が自分自身の現在地を正確に把握し、進むべき方向を自分で見つけるための「計器」あるいは「副操縦士」として機能します。

心理学的な背景としては、カール・ロジャーズらが提唱した人間性心理学・ヒューマニスティック心理学がベースにあります。人間には本来、自分自身をより良い方向へ成長させていく力が備わっているという人間観です。コーチは「傾聴」「承認」「質問」といったコミュニケーションスキルを通じて、選手が自分自身の内面と深く向き合うプロセスをサポートします。

先ほどの、試合前に極度に緊張する陸上選手の事例で考えてみましょう。

メンタルコーチは、緊張を「排除すべきエラー」とは捉えません。むしろ「なぜ、それほどまでに緊張しているのか?」という内面を探る対話を始めます。

  • 「この大会で結果を出さなければ、親に申し訳ないと思っている」
  • 「怪我で休んでいた期間を取り戻さなければと焦っている」

対話を通じて、緊張の奥底にある選手の「本当の思い」や「恐れ」が言語化されていきます。自分の感情の正体を知ることで、選手は

  • 「親のために走るのではなく、自分が走りたいから走るんだ」
  • 「怪我をしたからこそ、今の走りができるんだ」

と、自分自身の内側から意味を再構築していきます。

このプロセスを経た選手は、緊張を無理に消そうとするのではなく、「これだけ緊張しているのは、自分が本気でこのレースに懸けている証拠だ」と受け入れ、その感情をエネルギーに変えてスタートラインに立つことができるようになります。外から与えられたルーティンに頼るのではなく、自分の心の動きを自分自身でコントロールする力を手に入れるのです。

なぜサポートする側に「思想の理解」が必要なのか

皆様がスポーツ選手をサポートする際、この「思想の違い」を理解していないと、良かれと思ったサポートが逆効果になることがあります。

目の前の選手がスランプに陥り、自信を失っているとき。 もしあなたが「エアバス型(トレーニング的思考)」のみで接すると、「ポジティブに考えろ」「このイメージトレーニングをやれ」「ルーティンを崩すな」と、正論や解決策を押し付けてしまうことになります。もちろん、それがうまくハマる時もありますが、選手が深く傷つき、自分の感情を整理できていない状態の時にこれをやると、選手は「できない自分はダメなんだ」とさらに追い込まれ、心を閉ざしてしまいます。

逆に、試合前日で具体的な戦術や気持ちの切り替えスイッチが必要な時に、「ボーイング型(コーチング的思考)」で「あなたはどうしたい?」「なぜ不安なの?」と深く問い詰めすぎると、選手は混乱し、かえってパフォーマンスを落としてしまう可能性があります。

大切なのは、皆様自身が「今、自分はどちらの思想で選手と向き合っているのか」を自覚することです。

多くの場合、日本のスポーツ指導の現場では「教え込むトレーニング」が主流でした。選手のエラーを指導者が指摘し、修正する。これは効率よくチームを強化するためには必要なプロセスです。しかし、選手がトップレベルになればなるほど、あるいは深刻な壁にぶつかった時ほど、外からの指示や技術の付与だけでは越えられない領域がやってきます。

その時に必要になるのが、選手を「自立した一人の人間」として徹底的に信じ抜く、コーチングの思想です。エラーを未然に防ぐためにガチガチに管理するのではなく、エラーをした時に「そこから何を学び、どう立ち直るか」を選手自身に考えさせる余白を残すこと。それこそが、想定外のプレッシャーやアクシデントが起こる本番の舞台で、自分自身で操縦桿を握り、見事に機体をコントロールできる本物のアスリートを育てるのです。

事例|怪我から復帰を目指すサッカー選手

私が以前サポートした、プロを目指す大学生サッカー選手の事例をお話しします。彼は前十字靭帯断裂という大怪我を負い、長期の離脱を余儀なくされました。復帰が近づくにつれ、彼は「また怪我をするかもしれない」「もう以前のようなプレーはできないかもしれない」という強い恐怖心に襲われていました。

周囲のサポートスタッフは、彼を励まそうと「お前なら大丈夫だ」「筋力は元に戻っているから自信を持て」と声をかけていました。これは「不安」という感情を消し去ろうとする、ある種のトレーニング的なアプローチです。しかし、彼の心は晴れませんでした。

私が彼と対話した時、私はあえて「恐怖を消すこと」をしませんでした。「怖いよね。当然だよ。それだけのリハビリを乗り越えてきたんだから」と、まずは彼の感情をそのまま受け入れました。そして、「その恐怖心は、君に何を教えてくれていると思う?」と問いかけました。

数週間の対話の中で、彼は気づきました。「恐怖心があるからこそ、僕は以前よりも入念にウォーミングアップをするようになったし、体の使い方を真剣に考えるようになった。この恐怖心は、僕を守り、僕をより賢い選手にしてくれるためのセンサーなんだ」と。

彼は不安を「排除すべき敵」ではなく、「共にフィールドに立つ味方」として認識し直したのです。その後、彼は見事に復帰を果たし、怪我をする前よりも視野の広い、クレバーな選手へと進化を遂げました。これが、メンタルコーチングが引き起こす内面からの変化です。

選手をサポートしたいと願う皆様へのお願い

メンタルトレーニングとメンタルコーチング。表面的には同じように「心にアプローチする」ように見えますが、その奥底に流れる思想は全く違います。

  • 選手を、エラーをする存在とみなし、技術やシステムでそれを補完・修正しようとするのか。?
  • 選手を、無限の可能性を持つ存在とみなし、対話を通じてその内なる答えを引き出そうとするのか?

スポーツ選手をサポートしたいと願う皆様には、ぜひ「自分は今、どのような思想で目の前の選手に接しているか」を立ち止まって考えてみてほしいのです。指導者やサポーターが、無意識のうちに「自分の思い通りに選手を動かそう」という思想に陥ってしまうことは少なくありません。それは愛情ゆえの行動ですが、時に選手の自立を奪ってしまいます。

選手が本当に苦しい時、彼らが求めているのは「正しいアドバイス」ではないことが多々あります。「自分の苦しみを、ただジャッジせずに聴いてくれる存在」を求めているのです。

どうか、選手の操縦桿を奪わないでください。 彼らが乱気流に巻き込まれ、計器が異常を示している時、隣の席に座り「大丈夫、一緒に状況を確認しよう。君ならどう乗り越える?」と、静かに、そして力強く信じ抜く存在であってください。

人が人をサポートするということは、技術の伝達以上に、人間としてのあり方が問われるプロセスです。皆様がそれぞれの立場で、選手の心に火を灯し、彼らが自分自身の力で大空へ飛び立っていくための素晴らしい副操縦士となられることを、心から応援しております。

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