こんにちは、スポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。
これまで数多くの競技、そしてトップレベルで戦う選手たちのメンタルと向き合ってきました。アスリートの皆さんは、日々「勝つこと」を目指して厳しい練習に励んでいることでしょう。しかし、本気で勝ちを目指すスポーツの世界において、ある逆説的な現象が起こることをご存知でしょうか。
今回は、私が実際にサポートしている、とある競輪選手のエピソードを通じて、アスリートが真の結果を出すための心のあり方についてお話しします。
【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属
プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら
【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから
【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

4年間、一度も競輪の話をしていないという事実
私がその競輪選手をサポートし始めてから、かれこれ4年が経ちます。彼とのコーチングセッションにおいて、実は「一度も競輪の具体的な戦術や技術の話をしたことがない」と言ったら、皆さんは驚くでしょうか。
一般的なメンタルトレーニングのイメージからすれば、
- 「どうすればレースで勝てるか」
- 「ライバルを圧倒するメンタルをどう作るか」
といった話題が中心になると思われるかもしれません。しかし、私たちはそのような競技の話を一切しません。
それにもかかわらず、彼は何度も優勝を果たし、獲得賞金である年収も右肩上がりで増え続けています。
競技の話をせずに結果を出し続ける。淡々と、まるで日常の一部のように競技に向き合う彼の心境を見て、
- 「そんなにリラックスしていて大丈夫なのか?」
- 「闘争心がないのはアスリートとしてダメなのではないか?」
と疑問に思う人もいるでしょう。
世間的には、歯を食いしばるような努力や、血の滲むような頑張りが賞賛される傾向にあります。特にプロスポーツという、結果を残さないと評価すらされない厳しい世界に身を置くと、私たちは純粋で大切なある気持ちを忘れてしまいがちです。
「執着」がパフォーマンスを低下させる心理学的理由
では、彼と私は一体何を話しているのでしょうか。それは「勝つことよりも大切なこと」についてです。
本気で勝ちを目指してきたアスリートほど、ある瞬間に「勝つことよりも大切なことがある」と気づくタイミングが訪れます。逆に言えば、「絶対に勝たなければならない」という強い思いは、時に選手自身を縛り付ける鎖になってしまうのです。
ここで心理学的な視点から、なぜ勝敗への強いこだわりがパフォーマンスを下げるのかを解説しましょう。スポーツ心理学において、過度なプレッシャーや結果への過剰な欲求は「執着」へと変化します。執着が生まれると、人間の脳や身体には明確なネガティブな影響が現れます。
- まず一つ目に、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」という心理学の基本法則があります。
これは、覚醒レベル(緊張感やモチベーション)とパフォーマンスの関係を示したもので、適度な緊張感はパフォーマンスを最大化しますが、それが過度になると逆にパフォーマンスは急激に低下するというものです。勝利への執着は、この覚醒レベルを異常に引き上げ、筋肉の不必要な緊張や、周りが見えなくなる状態である「視野の狭窄」を引き起こします。
- 二つ目に、「コントロール感の喪失」です。
勝敗というものは、対戦相手の調子や天候など、自分ではコントロールできない外的要因に大きく左右されます。自分でコントロールできないものに執着すると、脳は強いストレスを感じ、「失敗したらどうしよう」という恐怖心(防衛本能)を呼び起こします。これが、本番で本来の実力を発揮できなくなる大きな原因なのです。
外発的動機から内発的動機へのシフト
彼が最強になった理由は、まさにこの「勝つことへの執着」を手放したことにあります。
心理学では、人間のモチベーションを「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」の二つに分けます。賞金や名誉、あるいは「他人に認められたい」という思いから生まれるのが外発的動機づけです。これらは短期的な起爆剤にはなりますが、長期的に高いパフォーマンスを維持するのには不向きです。
一方で、
- 「ただ自転車に乗るのが好きだ」
- 「自分の身体が思い通りに動く感覚が楽しい」
といった、競技そのものへの純粋な興味や喜びから生まれるのが内発的動機づけです。彼との対話では、この内発的な部分にフォーカスし、結果という未来ではなく、「今、この瞬間の自分」に目を向ける作業を続けてきました。
目標や勝敗への執着を手放し、「楽しむ」という純粋な動機に立ち返った途端、不思議なことに勝ちが自然と湧き上がってくるような感覚に陥ります。結果を追うのをやめたからこそ、結果が向こうからついてくる状態になるのです。
「楽しむ」という境地は、限界を超えた努力の先にある
「楽しむだけで勝てるなら苦労はしない」と思うアスリートもいるでしょう。一見すると、「楽しむ」ということは当たり前で簡単に聞こえるかもしれません。しかし、真剣勝負の世界において、無邪気に競技と向き合うことは、意識しないと絶対にできないほど難しいことなのです。
誤解してほしくないのは、「努力や頑張りが必要ない」と言っているわけではないということです。むしろ逆です。
努力、根性、そして限界までの挑戦。そのすべてを経験し、やりきってきたアスリートだからこそ、最後に辿り着く場所が「楽しむ」という境地なのです。彼もまた、過去に誰よりもペダルを漕ぎ、苦しいトレーニングに耐えてきた土台があります。その圧倒的な積み重ねがあったからこそ、結果への執着を手放し、スポーツの持つ本質的な喜びに気づくことができたのだと思います。
心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー体験(ゾーン)」という概念があります。人が完全に何かに没頭し、最高のパフォーマンスを発揮している状態のことですが、このフロー状態に入るための条件の一つが「活動そのものが目的になっていること(自己目的的であること)」です。つまり、勝つため(結果)にやるのではなく、やること自体を楽しんでいる時にのみ、人は極限の集中状態であるゾーンに入ることができるのです。
執着を手放し、本当の強さを手に入れる
スポーツメンタルコーチとして断言します。頑張りや執着を手放しても、アスリートとしての成長は絶対に止まりません。
「勝たなければならない」という重い鎧を脱ぎ捨てた時、あなたの身体はもっと自由に、もっと力強く動くはずです。もし今、あなたが結果が出ずに苦しんでいたり、競技を心から楽しめていないと感じているなら、一度立ち止まって「何のためにスポーツをしているのか」を自分自身に問いかけてみてください。
これまでの努力を手放すのではなく、結果への執着を手放す。その先にこそ、アスリートとしての本当の強さと、誰もが羨むような輝きが待っているのかもしれません。




