こんにちは。スポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。
日々、多くのアスリートの方々と向き合い、コーチングを行っていく中で、常について回るテーマがあります。アスリートである私たちは、来る日も来る日も厳しい競争社会と向き合う日々を送っています。その競争社会の中で、どうしても避けては通れないのが「優劣」という壁です。
- 「あの選手の方が自分よりも上手い」
- 「フィジカルでは自分よりも強い」
このように、自分を基準にして上か下かと定めてしまうのは、アスリートとして生きる以上、ある意味で自然なことかもしれません。心理学には「社会的比較理論」という言葉があります。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーが提唱したもので、人間は自分の能力や状況を正確に評価するために、常に他者と自分を比較してしまう生き物だという理論です。特にスポーツの世界では、タイム、スコア、勝敗といった明確な結果が出るため、他者との比較から逃れることは極めて困難です。
しかし、常に他人と自分を比較し、「自分は劣っているのではないか」と考え続けていると、心のエネルギーはどんどんすり減り、気持ちの浮き沈みは避けて通れません。だからこそ、同じ競技に取り組むライバルや、急成長してくる後輩への複雑な感情をどうクリアにしていくべきか。これは、アスリートがパフォーマンスを最大限に発揮するために、非常に重要なテーマだと私は考えています。
【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属
プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら
【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから
【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

「嫉妬」と「妬み」の心理学と、自分より優秀な人の存在
他者と比較した際に生まれるネガティブな感情の代表格が「嫉妬」と「妬み」です。日常会話では同じように使われがちですが、心理学においてはこの二つは明確に区別されます。
「嫉妬(ジェラシー)」とは、自分がすでに持っているもの、例えば「レギュラーの座」や「監督からの信頼」を、他者に奪われるのではないかという恐怖や脅威から生まれる感情です。一方で「妬み」は、自分より優秀な人が持っている優れた技術や才能を自分は持っていないことに対する、羨望と悔しさが入り交じった感情を指します。
自分より優秀な人が目の前に現れたとき、私たちはこの「嫉妬」と「妬み」という強い感情に襲われます。この感情に飲み込まれてしまうと、本来集中すべき自分のプレイを見失い、メンタルが大きく崩れてしまう原因になるのです。では、どのようにしてこの感情と向き合えばいいのでしょうか。
自分の弱みと向き合った、ある高校球児の葛藤
以前、甲子園常連の強豪校で日々厳しい練習に励む選手とコーチングを行った際、こんな話がありました。
- 「どうしても、同じポジションのライバル選手のことが気になって仕方ないんです……」
- 「今はギリギリで自分はレギュラーとして試合に出させてもらっていますが、いつレギュラーを剥奪されて彼に代わられるか分からない……」
彼のメンタルは、まさに崖っぷち、瀬戸際の状況でした。自分のポジションを奪われるかもしれないという「嫉妬」の感情に支配されていたのです。
そんな彼が、当時のプレイで一番苦手としていたのが「バント」でした。バントの技術に自信がなく、試合中にベンチからバントのサインが出るのが怖くてたまらないと打ち明けてくれました。実際に、試合が接戦になり、絶対にバントを決めなければならない重要な場面になると、彼には代打が送られていたのです。そして、その代打でバントを完璧に決めるのが、彼が恐れていたライバル選手でした。
彼には「なんとかバントを克服して、監督の期待に応えたい」という強い気持ちがずっとありました。しかし、バントが出来ない自分の本当の心とは、深く向き合いきれていない日々が続いていたのです。バントに対して過度なプレッシャーと負の執着を持ってしまったことで、本来彼が大きな自信を持っていたはずのバッティングの調子まで崩れかけていました。
「弱さを認める恐怖」を乗り越え、ライバルに頭を下げる
そこで私はコーチングを通して、彼に一つの質問をしました。それは
「バントが出来ない今の自分を、まずはそのまま認める努力ができたらどんな素晴らしい成長につながると思いますか?」
ということです。
一般的に、スポーツの世界では「出来ないことを認めてしまうと、そこで成長が止まってしまうのではないか」と思われがちです。彼自身も、「自分の弱さを認めるのが怖い」と正直な気持ちを話してくれました。弱さを認めることは、自分がライバルに負けたと認めるようなものであり、ライバルとの差がさらに広がってしまうのではないかという強烈な恐怖があったのです。
成長したいけれど、レギュラーを失う恐怖があり、ライバルのバントのうまさへの悔しさや妬みがある。しかし、その弱さを認めきれないからこそ、いつまでもメンタルが成長しきれず、プレイの幅も狭まっている彼がいたのも事実でした。
弱さと向き合う葛藤の中で、彼がバントに対する考え方を根本から改めるキッカケが起きました。それは、仲間の存在でした。自分がどれだけ練習しても出来ないことを、最も簡単に、いともあっさりとやってのける仲間。その仲間こそが、彼が一番恐れ、意識していたライバルの存在だったのです。
彼は大きな決断をしました。自分の中のちっぽけなプライドを捨てて、ライバルに頭を下げ、「どうやったらそんなにバントが上手くできるのか、教えてほしい」と教えを乞いに行ったのです。
結果的に、彼自身のバントの技術が劇的にプロ並みに上手くなったわけではありません。しかし、大きく変わったことがありました。それは、ライバルとの信頼関係が劇的に良くなったことです。
最後の夏の大会。彼は、大事な場面で自分に代打としてバントの役割を担ってくれるライバルの背中を、ベンチから心から応援できる自分になれたと、笑顔で話してくれました。
「自己受容」の心理学 自分を認めることで他人も認められる
今回の高校球児のエピソードは、まさに「自分を認めることで、他人も認めてあげることができる」という素晴らしい事例です。
心理学では、このように「自分を認めてあげること」を「自己受容」と呼びます。自己受容とは、あるがままの自分を深く理解し、認めたうえで、すべてをそのまま受け入れることを指します。あるがままの自分とは、良いところも、悪いところも、得意なことも、苦手なことも、すべてひっくるめた等身大の自分のことです。真の自己受容をする場合には、自分の長所や短所を「これは良い」「これはダメだ」と条件付きで評価するのではなく、無条件で受け入れることが求められます。
しかし、言葉にするのは簡単ですが、「自分の悪いところや苦手なところも認める」というのは、非常に大変な作業です。なぜなら、アスリートは皆、「できないこと」を「できるように」するために、日々血のにじむような努力をしているからです。できない自分を許せないからこそ、厳しい練習に耐えられるという側面もあります。
「克服すること」と「認めること」は全く違う
ここで、アスリートの皆さんに絶対に勘違いして欲しくないことが一つだけあります。
それは、「克服すること」と、「認めること(自己受容)」は全く違う次元の話だということです。「できない」を「出来るようにする」という克服への努力や過程は、スポーツにおいて極めて重要です。アスリートとして結果を生み出し、限界を突破していくには、常に成長し続けていくしかありません。
しかし、その成長の土台となるのが「認めること」なのです。心の底から今の自分の現状、弱みや課題を認めることが出来て、初めて本当の意味でその弱みと正面から向き合うことができます。「自分は今、これができないんだ」と素直に受け入れるからこそ、今までとは違った客観的な視点で、物事の捉え方ができるようになるから不思議なものです。
人はどうしても、自分を守るために、自分にとって都合のいい解釈をしがちです。
- 「たまたま調子が悪かっただけだ」
- 「あいつの方が恵まれているだけだ」
と、言い訳を探してしまう生き物です。しかし、そのような思考では、自分より優秀な人への嫉妬や妬みから抜け出すことはできません。
ライバルへのネガティブな感情を成長のエネルギーに変えるためにも、そして物事の本質をしっかりと見ていくためにも、「ありのままの自分を受け入れる」という自己受容の気持ちを、是非とも大切にしてみてください。自分の弱さを認められたアスリートは、誰よりも強く、そしてしなやかなメンタルを手に入れることができるのです。




