アスリートのメンタルは「スキル」なのか?遺伝子から紐解くメンタルトレーニングの真実

「メンタルは、後天的に身につけられる『スキル』なのでしょうか?」

こんにちは。スポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。

2011年からスポーツメンタルコーチとして活動を始め、これまでプロ野球選手やオリンピック代表選手をはじめ、数多くのアスリートの心と向き合い、競技力向上やプレッシャー克服のサポートをしてきました。

私が活動を始めた当初は、スポーツ界で「メンタル」という言葉を出しても、根性論で片付けられたり、ピンとこない方が非常に多かったです。しかしここ最近では、オリンピックや世界大会など数多くの大きな舞台で、メンタルコーチやメンタルトレーナーの活躍がメディアで報じられるようになりました。アスリートにとって、フィジカルや技術と同じくらい「心」のあり方が勝敗を分けるという認識が定着してきたのです。

その中で、様々なメンタル面における考え方やメソッドが世に溢れるようになりました。そして、指導者やアスリートの方々から、先ほどの「メンタルはスキルなのか?」というお問い合わせを頂くことが増えたのです。

メンタルスキルを持っていても、メンタルダウンする人がいるのは何故か?

これまで数多くのアスリートを支え、脳科学や心理学といった科学的な知見も踏まえた上で、皆様に強くお伝えしたいことが一つあります。

それは、「メンタルは単なるスキルとは言い切れない」ということです。

もし、本当にメンタルが単なる「スキル」または「技術」だとしたら、この世の中にプレッシャーに押しつぶされて「メンタルダウン」をしてしまうアスリートはいないはずだと思うのです。もっと視野を広げれば、うつ病などの精神疾患に苦しむ人に、教科書通りにメンタルスキルを学ばせれば、世の中の精神疾患患者はあっという間に減っていくはずです。

それがなぜ減らずに、むしろ増え続けているのか? なぜ、一生懸命にメンタルトレーニングに取り組んでも、本番で実力を発揮できずに苦しむアスリートが後を絶たないのか?

その私なりの理由を、日々極限のプレッシャーと戦うアスリートの皆様に向けてお伝えしたいと思います。

【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

「同じ人はいない」という大前提と、身体・心のメカニズム

「メンタルスキル」として捉えることで、劇的に心をコントロールできるようになるアスリートも確かに存在します。しかし一方で、どんなに優れた「メンタルスキル」を伝授されても、心がどうしても追いつかないアスリートが一定数いるのも事実です。

その最大の理由の一つは、非常にシンプルです。 「この世に、全く同じ人は一人としていないから」です。

スポーツの世界では、私たち日本人と欧米人では根本的な身体の作りが違うことはご存知かと思います。骨格に限らず筋肉の質も違い、速筋繊維と遅筋繊維の割合も遺伝的に異なると言われています。

身体が違うように、実は「考え方」も違います。個人の意思や自己主張を重んじる個人主義の欧米人に対して、全体の輪や協調性を重んじる傾向が強いのが私たち日本人です。こうした考え方の差は、育ってきた文化的背景や地政学的な背景が大きく影響しています。

しかし、その中でも特に着目すべきは「遺伝子情報」です。心の強さや性格を語る際、遺伝的な要素を抜きにして語ることはできないのです。

例えば、一つの受精卵から生まれる一卵性双生児は、遺伝子情報が限りなく似たものになります。では、彼らが成長した時、スポーツに対する取り組み方や性格は必ずしも一致するのでしょうか?

遺伝学やパーソナリティー心理学の研究によれば、答えは「NO」です。 遺伝的な要素も大切なのですが、それ以上に「どんな環境で過ごしてきたか?」という、共有環境と非共有環境が性格形成に極めて重要になることがわかっています。

どんな指導者の元で競技をしてきたか、どんなチームメイトに囲まれていたか、どんな気候で過ごしたのか。こうした「環境面」からの影響を私たちは無意識に受けています。もし環境の影響を完全に無視できるのであれば、メンタルは単なるスキルだと言えるでしょう。しかし、私たちが環境から常に影響を受け続ける生き物である以上、メンタルはスキルだけで片付けられるものではないのです。

環境適応と「セロトニン」の深い関係

この環境に適応するために、私たち日本人が進化の過程で獲得した非常に興味深い脳科学的な特徴があります。それが「セロトニントランスポーター」です。

アスリートの皆様も、リラックスホルモンと呼ばれる「セロトニン」の名前を聞いたことがあるかもしれません。プレッシャーのかかる試合前や、集中力を高め「ゾーン」に入りたい時に、このセロトニンの分泌が心の安定に大きく関わってきます。

実は、このセロトニンを脳内で運搬・調整する「セロトニントランスポーター」において、日本人と欧米人には明確な遺伝的違いがあると考えられています。

【セロトニントランスポーターとは?】 セロトニントランスポーター遺伝子(SLC6A4)には、5-HTTLPRと呼ばれる多型(遺伝子のタイプの違い)があり、長いアレル(L型)と短いアレル(S型)の2種類が存在します。 研究報告によると、欧米人の集団ではL型(楽観的な傾向)が一般的なのに対し、日本人集団においてはS型(不安を感じやすく慎重な傾向)の頻度が非常に高いとされています。 この遺伝子多型は、個人の行動や情緒に影響を及ぼすため、日本人は遺伝子レベルで「不安を感じやすい」特性を持っている可能性が高いのです。

スポーツという「勝敗」や「プレッシャー」がのしかかる場面において、この遺伝的な不安の感じやすさがマイナスに働いてしまうことがあります。だからこそ、欧米発祥の「ポジティブシンキング」などの画一的なメンタルスキルを日本のアスリートにそのまま当てはめても、上手く機能しないことが多いのです。

メンタルをスキルで補う、別の形を求めて

現代社会は、食生活などの急激なライフスタイルの変化によって、アスリートのみならずメンタルダウンしてしまう人が増えました。発展途上国よりも、日本を含む先進国の方が精神疾患に罹る確率が高く、自殺者数も先進国が圧倒的に多いという現実があります。

だからこそ、メンタルを単なる「スキル」とした場合、個人ではどうにもならない環境や遺伝からの影響を私たちは少なからず受けることがわかっています。

その上で、メンタルをスキルだと捉え、それを武器にして結果を出せる人は、実は遺伝的にも環境的にも非常に恵まれており、「メンタルのスキルを素直に学べる土台があった人たち」に限られるのではないかと思うのです。

では、環境的にも遺伝的にも恵まれていない、あるいは過去の挫折やプレッシャーで心にブロックがかかってしまっているアスリートはどうしたらいいのでしょうか?

そこで必要になるのが、単にノウハウを教え込むのではなく、メンタル面を根本的な改善へと導く指導者の存在や、一番のサポーターである親御さんへのメンタルケアの普及、さらには私たちのような「スポーツメンタルコーチ」を増やしていくことだと私は思っています。

私自身、過去にうつ病を経験しています。 そして、私の母親もうつ病を経験しました。

「こう考えればいい」というスキルだけではどうにもならない、暗闇の世界を身をもって感じてきました。本を読み、知識を知っていても、それを行動に移せず、変われない人は必ずいます。試合前の極度の緊張や、怪我からの復帰に対する焦りに苦しむアスリートも同じです。

だからこそ、私は単なる「知識」や「スキル」を一方的に伝えるのではなく、その選手の心の奥底にある不安や痛みに寄り添える人を増やしていきたいのです。

メンタルを強靭なスキルとして武装することを必要としない。誰もが安心して競技に集中し、本来のパフォーマンスを発揮できる。そんなサポート体制が整った社会を、私はスポーツメンタルコーチとして目指し続けていきます。

アスリートの皆さん、一人で抱え込む必要はありません。 あなたの心は、単なるスキルの欠如で弱いわけではないのです。一緒に、あなただけの「心の整え方」を見つけていきましょう。

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