スポーツメンタルコーチとして、これまで数多くのアスリートの心に寄り添ってきました、鈴木颯人です。
どんなスポーツであっても、競技を続けていく上で怪我という試練はつきものです。ちょっとした捻挫から、1年以上の時間を棒に振るような大怪我まで、その程度は様々です。私自身、担当している選手を長年支えてきて、怪我の知らせを受けるたびに胸が締め付けられるような、決していい気持ちにはなれません。
しかし、スポーツメンタルコーチとして私がすべきことは、即座に気持ちを切り替えて次の手を考えることです。最速での復帰、最速での活躍、そしてチームや競技への最速での貢献。そのためには、怪我=ピンチから、怪我=チャンスという認識に変える必要があります。
かつてサッカー元日本代表の本田圭佑選手が「怪我はチャンス」と語ったのをご存知でしょうか。数々の困難を乗り越え、世界の第一線で活躍し続けた彼だからこそ言える言葉かもしれません。怪我によって自分自身を見つめ直し、肉体的にも精神的にも成長してきたからこそ到達できる境地です。
しかし、頭では理解していても、スポーツにおいてメンタルと怪我からの復帰というのは、非常に繊細で難しい問題です。いざコートやフィールドに戻る時、怪我からの復帰ほど怖いものはありません。
- 今まで通りの感覚で動けるのだろうか。
- 今まで通りに結果を残せるのだろうか。
そして、今まで通りの強気な気持ちで相手に挑めるのだろうか。
アスリートにとって、復帰1戦目ほど極度の緊張と恐怖に襲われる試合はないと思います。そういった苦しみの中にいる選手の気持ちに少しでも寄り添い、前に進むためのヒントを伝えたくて、この記事を綴りました。
【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属
プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら
【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから
【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

復帰前の試合はなぜナーバスになるのか?
日頃、スポーツメンタルコーチとして活動していると、大小を問わず怪我を抱えた選手をサポートする機会が頻繁にあります。むしろ、痛いところや怪我が全くない選手の方が本当に少ないのが現実です。
中には、レギュラー争いから外されることを恐れて、チームに怪我を申告せずにプレイを続けている選手もいます。試合に出られるかどうかで今後のキャリアや未来が決まってしまう選手にとって、怪我を理由に休みたくないというのが痛切な本音なのです。
それでも、ドクターストップがかかり、どうしても休まなくてはならない怪我があります。前十字靭帯断裂、半月板損傷、TFCC(三角線維軟骨複合体)損傷、アキレス腱断裂、様々な部位の骨折や脱臼、そして手術が必要な重度の肉離れなど。これらは実際に私が見てきた選手たちが経験した、どれも競技人生を左右しかねない大きな怪我です。
一番大切な試合や大会を目の前にして、怪我で何もできなくなってしまった絶望感。それでも彼らは歯を食いしばり、痛みに耐えながら懸命なリハビリと地道なトレーニングを重ね、ようやく練習に復帰できる状態まで漕ぎ着けます。
「なんとか怪我をする前の状態に戻りたい」と強く思いながら練習に挑む一方で、心の奥底では「もしまた同じ場所を怪我したらどうしよう…」という不安が常に頭をよぎる日々です。
その複雑で苦しい過程を乗り越えて、やっとの思いで復帰戦の舞台にたどり着きます。長い選手であれば、復帰までに2年以上の歳月を要することもあります。それは想像を絶するような、孤独でものすごい旅です。
過酷なリハビリを乗り越えて復帰できるかどうかは、最終的には本人の意思次第です。心が折れ、気持ちが途切れてしまったら、そこで競技人生は終わってしまいます。
しかし、復帰を果たしてからも、本当の戦いは続きます。なぜなら、ただ試合に戻ってきただけではなく、アスリートである以上、再び「結果」を求められるからです。
だからこそ、復帰戦を前にして不安になったり、ナーバスになったりするのは人間として当然の反応なのです。たった一度の復帰試合の結果だけで、自分の選手としての価値を全て決められてしまうのではないか。そんなプレッシャーに押しつぶされそうになる気持ちは、痛いほどよく分かります。
不安に思うことの8割は起きないという心理学の真実
怪我から復帰 怖いと感じるのは自然なことですが、ここで少し心理学の観点から不安という感情の正体を解き明かしてみたいと思います。
アメリカのペンシルバニア大学の心理学者、トーマス・ボルコヴェックらの研究によると、
ということが科学的に実証されています。
さらに驚くべきことに、実際に起きてしまった残りの21%の出来事のうち、16%は「事前にしっかりと準備をしていれば対処が可能」なものだとされています。つまり、私たちが頭の中で作り出した最悪のシナリオが、何の対処もできずに現実となってしまう確率は、たった5%程度にすぎないのです。
この心理学のデータから、私がアスリートの皆さんに伝えたいことはたった一つです。
それは「準備を徹底するしかない」ということです。不安を消し去るための魔法はありません。試合に向けて、これ以上ないというくらい十分すぎる準備をやり抜くしかないのです。
大きなプレッシャーや不安に押しつぶされることなく、大舞台で結果を残す一流のアスリートは、例外なく「準備の天才」です。冒頭で触れた本田圭佑選手も、間違いなくその一人です。彼が怪我をチャンスと捉えることができるのは、怪我をした期間に徹底的な準備と自己分析を行い、怪我をする前よりも成長した新しい自分を確信できているからです。
リハビリ期間を含め、できる限りの準備を徹底することができれば、復帰後の試合は恐怖ではなく、「早く今の自分の力を試したい」というワクワクした気持ちに変わっていくはずです。
逆に言えば、復帰戦が怖くて仕方がない場合は、怪我が十分に完治していない状態で焦って復帰してしまったか、あるいは準備不足を自分自身が一番よく分かっている時です。復帰までの時間が十分に取れない選手もいるでしょう。徹底した準備ができずにいれば、不安を抱えてしまうのは不思議なことではありません。
不安を力に変える魔法の言葉の心理学
怪我明けに調子が悪いと感じたり、思うように動けない自分に焦り、メンタルやられると悩む選手は少なくありません。不安で心が押しつぶされそうな時、私はスポーツメンタルコーチとして、選手にある「言葉」を使うことをおすすめしています。
一般的に、緊張や不安を感じた時は「リラックスしよう」「落ち着こう」と自分に言い聞かせる人が多いと思います。しかし、心理学的には、脳はリラックスしている状態よりも、ある程度「興奮している」状態の方が、ポジティブに機能し、高いパフォーマンスを発揮できることがわかっています。
ハーバード大学の心理学者アリソン・ウッド・ブルックス博士の研究で、これを「不安のリアプレイザル(再評価)」と呼びます。不安と興奮は、心拍数が上がり、手に汗を握るなど、身体的な反応が非常に似ています。そのため、無理に心拍数を下げてリラックスしようとするよりも、その高いエネルギーを「興奮(ワクワク)」の方向にシフトさせた方が圧倒的に有利なのです。
この研究では、100人以上の被験者に対して、見知らぬ大勢の人の前で歌わせたり、ビデオカメラの前でスピーチをさせたり、難しい計算問題を解かせるという、非常に強いプレッシャーのかかる実験を行いました。
その際、被験者を次の3つのグループに分けてパフォーマンスの差を調べました。
- 「私は興奮している!」と声に出して宣言したグループ
- 「私は不安だ!」と声に出して宣言したグループ
- 何も言わなかったグループ
結果はどうだったでしょうか。なんと、実験前に「私は興奮している!」と声に出して述べたグループが、他のグループを抑えて歌の正確さやスピーチの評価、計算の点数で最も良いパフォーマンスを叩き出したのです。
心の中では不安を感じていて怖いと思っていても構いません。ただ
- 「私は今、興奮している!」
- 「このプレッシャーにワクワクしている!」
と言葉を変えるだけで、脳が錯覚を起こし、不安というネガティブな感情が、あなたを後押しする強い力へと変換されるのです。
復帰後の試合で大切にして欲しい「過程へのフォーカス」
ここで、復帰後の試合を迎えるにあたって、私からぜひ実践してほしいことが一つあります。
アスリートである以上、誰よりも結果が欲しいはずです。それなのに「結果を求めない」なんて、おかしな話に聞こえるかもしれません。しかし、メンタル 怪我というデリケートな状態を乗り越えた直後だからこそ、結果以上に大切なことを目標に設定してほしいのです。
それが「過程(プロセス)にフォーカスする」という考え方です。
どれだけ完璧に準備をしても、どれだけ前向きな言葉で自分を鼓舞しても、スポーツにおいて勝敗や数字といった「結果」は、相手の動きや運といったコントロールできない要素に大きく左右されます。ましてや、怪我明けの未知数のパフォーマンス状態であれば、本人でさえ結果の予想などつかないのが普通です。
だからこそ、復帰直後の不安定な状態で「結果」に執着するのは時期尚早なのです。もし結果だけにフォーカスして目標を達成できなかった場合、
- 「やっぱり俺はもうダメなんだ」
- 「元の状態には戻れないんだ」
と、自分自身が深く傷つき、完全にメンタルが崩壊してしまう危険性があります。そこで、自分自身で100%コントロールできる「過程(プロセス)」に目を向けてほしいのです。
私がメンタルサポートを担当しているあるプロ野球選手で、鎖骨を骨折するという大怪我を負ったピッチャーがいました。彼は復帰登板に向けて、プロセスに目を向け、「勝敗や失点は気にしない。試合の中で150kmのストレートを投げることができたら、今日の自分はOKとする」という明確な目標を設定しました。
迎えた復帰登板。結果はなんと、1回を投げて3失点という厳しいものでした。しかし、彼の投球内容(過程)に目を向けると、投げたストレートの50%以上が150kmを超えていたのです。
スコアボードの「結果」だけを見れば、打ち込まれた残念な試合かもしれません。しかし、彼が事前に設定した「過程」の目標に照らし合わせれば、怪我をする前と同等、あるいはそれ以上のボールを投げられたという、大満足のいく素晴らしい復帰戦だったのです。彼はこの試合で大きな自信を取り戻し、その後のシーズンで本来の輝きを取り戻していきました。
長期的な視点で競技人生を俯瞰する
ここまで長くお読みいただきまして、本当にありがとうございました。
怪我明けというのは、再発の恐怖もあり、誰もが本当に慎重で臆病になる時期です。「スポーツ メンタル 怪我からの復帰」といったキーワードで必死に検索し、この記事を見つけてくださった方も多いと思います。焦る気持ち、不安な気持ちは痛いほど分かります。
しかし、アスリートとして最も大事なことは、目先の1試合で結果を出すこと以上に、「長期にわたって結果を出し続ける自分になること」です。
怪我によって数ヶ月、さらには1年以上も真剣勝負の現場から離れていたのですから、最初から完璧な結果など望めるはずがありません。感覚のズレがあって当然です。
だからこそ、復帰1試合目のパフォーマンスがボロボロでダメだったとしても、決してめげる必要はありません。そこで自分を否定しないでください。
なによりもまず、過酷なリハビリに耐え抜き、逃げ出さずに再び試合の舞台に復帰できたご自身の努力と精神力を、あなた自身がしっかりと認め、褒めてあげてほしいのです。
スポーツの世界には、怪我が原因で復帰すら叶わず、志半ばで静かに現役を引退していく選手が星の数ほどいます。そんな厳しく残酷な現実がある中で、あなたは今、再びコートに立ち、自らの力で未来を切り開くチャンスを手にしているのです。それは本当に素晴らしいことです。
結果を求めてはやる気持ちは必ずあると思います。だからこそ、一度大きく深呼吸をして、落ち着いて長期的な視点を持ちましょう。焦らず、一歩ずつプロセスを踏みしめながら、復帰1試合目という大きな壁を一緒に乗り越えていきましょうね。あなたのさらなる飛躍を、心から応援しています。




