プロアスリートと賞金 目に見えない重圧との戦い
こんにちは、スポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。日々、多くのアスリートと向き合いサポートをさせていただく中で、ここ最近特に増えているご相談の傾向があります。それは、日々の結果が直接自分の収入に結びつく競技、いわゆる「賞金」のかかったスポーツで戦う選手たちからのコーチング依頼です。
コロナ禍以降、社会全体の先行きの見えなさが影響しているのか、ポツポツと途切れることなくお問い合わせをいただいています。プロゴルファーやプロテニスプレイヤーはもちろんですが、競輪、競艇、競馬の騎手など、公営競技の最前線で戦う方々からの声が目立ちます。
彼ら、彼女らが日々抱えているのは、自分の実力次第で年収が青天井になるという夢がある一方で、
- 「来年の今頃、自分はどうなっているかわからない」
- 「もし結果が出せなかったらどうしよう」
- 「もし大きな怪我をして長期離脱したら、その瞬間から無収入になってしまう」
という、常に背中合わせにある目に見えないプレッシャーです。私はコーチとして、そうした過酷な環境下で己と戦い続けるアスリート達と日々接しています。
【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属
プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら
【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから
【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

賞金は最大のモチベーションであり、最大の罠にもなる
プレッシャーが凄まじい厳しい勝負の世界で生き抜く選手にとって、ある意味で賞金は自身の価値を証明する最もわかりやすい指標であり、とても大事なものです。そして、その獲得賞金が日々の厳しいトレーニングを乗り越えるための、一番のモチベーションになっているという人も決して少なくありません。
しかし、アスリートの心を支えるはずのこの「賞金」という存在が、時として選手のメンタルを狂わせ、パフォーマンスの首を絞める一番のネックになってしまうことがあります。
その最大の理由は、賞金そのものを第一の目標に設定してしまうことで、アスリートの心に大きな「ブレ」が生まれてしまうからです。それを一言で表すなら「一喜一憂」という言葉になります。勝てば天国、負ければ地獄。このジェットコースターのような感情の起伏は、長期的に見るとアスリートの心身を激しく消耗させていくのです。
お年玉で紐解く、人間の感情と「馴化」の心理学
ここで、少し視点を変えて、皆さんの子供時代の「お年玉」を思い出してみてください。皆さんもこれまでの人生で、お正月になるたびにお年玉をもらった経験があると思います。
初めてお年玉をもらったのはいつだったか、鮮明に覚えていますか?私の場合は物心がついた頃、小学校低学年の時でした。祖母からお年玉をもらった記憶が今でも残っています。決して大きな額ではなかったのですが、お年玉袋から出てきた千円札を見て、心から興奮したのを覚えています。それまでは、お小遣いとして硬貨を少しもらう程度でした。お札の存在自体は知っていても、それを自分で手に入れる方法など子供にはわかりません。そんな私が、お年玉というイベントで初めて「お札」をゲットしたわけです。
しかし、人間というのは不思議なもので、その純粋な喜びは長くは続きません。親戚が集まる場所にいくと、なぜかお年玉がもらえる。そのシステムを理解し始めると、「年末年始は田舎に行きたい」「より多くの大人が集まる場所に行きたい」と、次第に下心のような疾しい気持ちを抱くようになります。
そして、もらったお年玉の額を数えては一喜一憂するようになるのです。なんなら、妹や親戚の同年代の子供たちと金額を比べ、自分の方が少しでも少なかったりすると、物凄く残念な気持ちになります(笑)。昔はたった千円札一枚で発狂するほど喜んでいたのに、歳を重ねるごとに数千円、数万円をもらっても満足しなくなっていく。これを心理学では「馴化(じゅんか)」と呼び、一定の刺激に対して心が慣れて麻痺してしまう現象を指します。客観的に見ると、人間の欲の深さを表す少し怖い話ですよね。
アスリートを苦しめる「損失回避の法則」
実は、このお年玉の心理は、競輪やゴルフなどで得られる賞金に非常に似ている部分があります。もちろん、お年玉には本人が努力して勝ち取るという要素はありません。生まれや環境によるものが大きいです。一方の賞金は、過酷な練習と本人の才能に左右されます。だからこそ「自分が努力して稼いだ賞金をお年玉と一緒に考えるのは、健全ではないのではないか?」と思われがちです。
それでも、私はある一点において両者は非常に似ていると考えています。それは「増える喜びよりも、減る辛さの方が圧倒的に大きい」という点です。
賞金額が右肩上がりで増えていく時期は何も問題ありません。イケイケの状態でモチベーションも高く維持できます。しかし、お年玉も賞金も、永遠に増え続けることはありません。必ずどこかで頭打ちになるタイミングが来ます。
この時、行動経済学や心理学で提唱されている「損失回避の法則」がアスリートのメンタルに大きく影響してきます。人間は、何かを得る喜びよりも、何かを失う苦痛の方を約2倍も強く感じる生き物なのです。つまり、賞金が減った時、選手はかつて賞金が増えた時の喜びをはるかに上回るレベルの精神的ダメージを受けます。
トップアスリートになると、この「減る辛さ」を別の形でも味わいます。それは確定申告後の所得税などが引かれるタイミングです。自分が命を削って稼ぎ、一度は手元に入って増えたはずのお金が大きく減っていく。あの2月、3月の時期に感じる強烈な喪失感と一緒です(笑)。そして、この「減る」という恐怖は、お金だけに限らず、ファンからの「人気」や「評価」に対しても同じ原理として働きます。
アンダーマイニング効果から抜け出し、本来の力を発揮するために
プロになった最初は、ただひたすらに貪欲に上を目指して頑張れるものです。しかし年数を重ね、賞金という「外からの評価」に依存するようになると、次第に競技そのものに対する辛さが増していきます。本当は、お金のためではなく、そのスポーツが好きでやっていたはずなのに、いつの間にか「お金(賞金)のために競技を続ける」というマインドにすり替わってしまうのです。
これを心理学では「アンダーマイニング効果」と呼びます。本来、好きだからやっていたという自分の内側から湧き出る意欲である「内発的動機」があったにもかかわらず、賞金という外部からの報酬である「外発的動機」が主目的になってしまうことで、元々あった純粋なやる気や情熱が破壊されてしまう現象です。これは、賞金が年収に直結するプロアスリート特有の、非常に根深く厄介な悩みだと言えます。
では、そういった賞金やプレッシャーの罠にハマらないためには、どうしたらいいのでしょうか?
そこで必ず思い出していただきたいのが、「あなたがその競技を始めた本当の理由」です。思い出してみてください。お金のためにその競技を初めた人は、おそらくほとんどいないと思います。ただ純粋に楽しくて、夢中になって取り組んでいたはずです。それくらいスポーツの原点には、損得勘定のない純粋な気持ちが宿っています。
プレッシャーに押しつぶされそうになった時は、その純粋な気持ちを思い出すだけでいいのです。それだけで、ガチガチになった心に余裕が生まれ、本来のパフォーマンスを発揮するための大事なエッセンスとなります。
自分自身の内側から湧き出る「内発的動機」という動機付けを、もう一度大切にしてください。あなたがこれまで真摯に向き合ってきた競技への熱い思い。その純粋な思いこそが、どんな重圧も跳ね除け、あなたを本当の意味でのトップアスリートへと導く最強のメンタルを作り上げるのです。




