「どんな自分にも価値があることを教えてくれた」千葉歩さんにとってスポーツメンタルコーチングとは

今回の主役は日本女子バスケットボールの国内最高峰リーグであるWリーグでプレーしてきた選手で、現在はスポーツメンタルコーチとして新たなキャリアを歩み始めた千葉歩さん。9歳でバスケットボールを始めた彼女は、高校から親元を離れて強豪校へ進学し、大学卒業後は日本の女子トップリーグであるWリーグの世界へと進みました。しかし競技生活の中で学生時代の度重なる怪我や、Wリーグ入団後のチーム内の温度差への戸惑い、そして移籍先でのレベルの壁にぶつかり、自身の存在価値を見失って苦しんだ時期もありました。
そんな結果に囚われて苦しんでいた時期に彼女を支え、前を向くきっかけを与え続けたのがスポーツメンタルコーチである鈴木颯人さんの存在でした。「結果が出ても出なくても、自分の存在価値は変わらない」という気づきを得たことでメンタルとプレーが安定し再びバスケットボールを心から楽しめるようになりました。
今回のインタビューでは千葉さんのバスケットボールを始めたきっかけから、Wリーグ入団後の葛藤、彼女を支え続けたスポーツメンタルコーチングとの出会いと教え、そして「バスケットボールをやりきった」と引退を決断し、これからスポーツメンタルコーチとして「支える側」として選手たちに寄り添う道を選んだ彼女の現在の心境や今後の目標など様々な角度から話を聞き、千葉さんの素顔と新たな挑戦に迫りました。
目次
・純粋な憧れから始まった、国内最高峰リーグで戦う選手への道と立ちはだかった壁
・自分の存在価値は変わらないことを教えてくれた、スポーツメンタルコーチとの出会い
・自身のプレーが安定してきた中で決めた引退。その背景にあった思いとは
・セカンドキャリアへ選んだのは自らが救われたスポーツメンタルコーチの道
・自分にとってのスポーツメンタルコーチングとは
純粋な憧れから始まった、国内最高峰リーグで戦う選手への道と立ちはだかった壁

― 千葉さんがバスケットボールを始めたきっかけを聞かせてください。
元々は母がバスケットボールをやっていたのでその影響で、小さい頃に地域のポートボール大会に参加したことをきっかけに、ミニバスケットボールの体験に行ったらすごく楽しくてハマってしまい9歳から始めました。中学校に上がってからもバスケ部に、高校は親元を離れて県外の強豪校に進学しました。
― そこからどのようにWリーグの選手のとしてのキャリアを目指すようになっていったのですか?
細かくは覚えていないのですが、小学生か中学生の時に家のテレビで国内最高峰リーグである「Wリーグ」の試合を見た時に、「あ、自分の好きなバスケットボールでたくさんの人に応援してもらえて、すごいいいな!」って思ったのがWリーグを目指したきっかけです。
当時は絶対バスケットボール選手になりたいという強い気持ちがあってやっていたわけではないのですが、学生の間で競技をやっていく中で「もっと自分を高めたいし、やるんだったら全国大会で勝てるような強い学校でやりたい」というのがあって、高校も県外の強豪校進学という選択肢を取りました。大学生の時も強いところでという思いから関東一部リーグに位置するチームに入りました、その辺から「あ、私このまま行ったらきっとWリーグ入ってバスケットボールやるんだろうな~」という感じになっていきました。

― ちなみに学生時代を振り返ると、どんな競技生活を過ごされてきましたか?
学生時代はとにかく怪我が多かったので、そのせいでバスケットボールができない期間が一番きつかったですね。大学1年生の時に、手術しないと痛みが取れない足首の怪我をしてしまい、痛みを抱えながらプレーしないといけない時期がすごく苦しかったです。その足首の手術後、リハビリをして「2年生でもう1回頑張ろう」と気持ちを切り替えて復帰した約2ヶ月後に、今度は膝のお皿を骨折してしまい、またすぐプレーできなくなってしまったのが学生時代の一番苦しい思い出です。「なんで今なんだろう...」と病院から体育館に向かうタクシーの中で涙が溢れてしまったのを覚えています。
― 何度も怪我が続いた苦しい時期はどうやって毎回前を向いて続けてこれたのでしょうか?
不安もありましたが、怪我は手術してしまえば、リハビリ自体は「もう絶対ここで強くなって戻った時に活躍しよう」っていうその一心だけなので、乗り越えたっていう感覚はあまりなく、とにかくその時自分がやるべきことをやってたら乗り越えてたみたいな感じでした。
― その後大学を卒業されてWリーグに入団してからの競技生活はどのような感じでしたか?
競技生活を振り返って自分自身にとって大きかったことはいくつかあるのですが、まず大学を卒業して最初に入ったチームが当時リーグ最下位のチームだったこともあり、そこですごくギャップを感じてしまったのが一つ目です。
大学時代は怪我が多かったという話をしましたが、大学2年生の膝の手術終わってからは体づくりもしっかりしてきましたし、3?4年生はすごい楽しくプレーできていて勝つことの楽しさを知ったそのままの勢いでWリーグへ行ったので「え、こんな感じなの?」とギャップを感じてしまいました。
チームとして負け癖がついてしまっていたこともあり、練習の時の温度感を含めてギャップを感じて、だんだん自分もそこに流されていきうまくいかなくなってしまいました。私自身本当に未熟でした。今振り返るとうまくいかないことを人のせいにしている自分が一番嫌で苦しかったんだと思います。
そんなこともあり、自分自身もっと上のレベルのチームでプレーしたいという思いがあったので、なんとか結果を出して移籍できたんですが、もう一つは今度は移籍先のレベルの高さから結果が出せなかったり、試合に出れないことでの自分の存在価値を見出せないしんどさを感じた時でもありました。その先もなんだかんだ色々あったのですが特に印象的だったのはこの二つでした。
どんな時も自分の存在価値は変わらないことを教えてくれた、スポーツメンタルコーチとの出会い

― スポーツメンタルコーチングを知ったのはいつ頃ですか?
スポーツメンタルコーチという仕事の存在を知ったのはWリーグ入ってからなので25歳ごろだと思いますが、ただ鈴木颯人さんの存在は大学生の頃からTwitterで流れてきていたのでずっと知ってました。
― 鈴木颯人さんのスポーツメンタルコーチングを受け始めたのはいつからでしょうか?
28歳の頃です。私は2回チームを移籍していて計3つのチームでプレーしていたのですが、その最後のチームに所属していた時もなかなかうまくいかなくて苦しい時期があって、その時に「これは同じこと繰り返してるからちゃんと向き合わなきゃダメだ」と思って、お願いするんだったら鈴木さんにお願いしたいというところからまず体験メンタルコーチングを受けました。なので鈴木さんのメンタルコーチングを受け始めたのはここ2年間くらいになります。
― ちなみに当時は具体的にどのようなメンタル面での課題を持たれていましたか?
そうですね。私のパターンとして、自分が置かれている状況下でうまくいかず結果に気持ちが左右され、自分にできることを最大限やれなくなると「自分ダメだ」って思ってしまうタイプの人間でした。だからこそ「今できることにちゃんと目を向けよう」と考えるようにしていたものの、バスケットボールをすること自体が苦しくなっていたので、「もう1回楽しくやるためには?自分に求められている事は?今の自分に何ができる?」と自問自答しながらも、ずっとモヤモヤしてましたね。
― そんな中で鈴木さんのスポーツメンタルコーチングを受けることを決めたきっかけを聞かせてください。
最後に所属していたチームに来た時になかなか結果が出なくて、自分でも「もうどうしていいかわかんない!」という状態になってしまい、藁にもすがる思いで体験メンタルコーチングを申し込んで、色々話聞いてもらったのがきっかけでした。
それから調子も上がってきて日本代表に選ばれたりもしたのですが、その次のシーズンは優勝がかかっていたシーズンで、主力で使ってもらっていたこともあり、「絶対に優勝したい、そのためには自分が結果を出さなければ」と無意識にプレッシャーをかけてしまっていました。その気持ちからシーズン途中にうまくいかなくなった時期に自分を責めてしまい苦しくなってしまったことから本契約をすることを決めました。
― 本契約をして本格的にスポーツメンタルコーチングを受けてからご自身にどのような変化がありましたか?
本契約をして鈴木さんのスポーツメンタルコーチングを本格的に受けてからは結果もメンタルも安定していきました。そのシーズンは結果的にチームも優勝する事ができて、個人としても3ポイントシュートのタイトル、ベスト5をいただく事ができました。
それまでは「結果が出ている自分だけがOK」という感じでとにかく結果に囚われ続けていましたが、本契約してからは「結果が出ようが出まいが、どんな時でも私は私であって自分の存在価値は変わらない」ということを本当に心の底から体感することができました。
それからは結果に関係なくその時自分がやるべきことやできることを継続できるようになったので、自分の中で本当にバスケットボールがまた楽しいものになったことが大きな変化かなと思います。

― プレーとメンタルが安定するようになってから見えてきたビジョンはありますか?
自分自身が結果を出すことへの執着がかなりなくなってきて、一番大事なのは結果を出すことよりも、結果を出すにふさわしい取り組みを自分がどれだけやり抜けるかが大事だと気づきました。結果に相応しい人だから自然に結果がついてくるんですよね。
それからは結果以上に日々の過程をすごく大事にするようになりましたし、結果への執着が離れたことで次にやりたいことがよりはっきり見えてきたんです。今度は同じ思いをしている人をサポートしたい、「結果が出ても出なくてもあなたの存在価値は変わらないんだよ」ということを伝えたいと思うようになりました。
自身のプレーが安定してきた中で決めた引退。その背景にあった思いとは。

― 競技も安定してきた中での引退という次のステップに進む決断をした背景を聞かせてください。
一番は選手としてやりきったと思えたことです。もちろんプレーやメンタルが安定してきた中で、バスケットボール楽しいって思うことが多くなりましたし、体もまだまだ元気で年々動きやすくなっていました。
これまでのキャリアを振り返った時に、結果に囚われていて苦しかった自分を乗り越えたことや、ラストシーズンにキャプテンとして活動した中で自分の在り方がどれだけチームに影響を与えていて、自分が良い状態でいることが思大事なんだということを学んだり、シーズン途中で脳震盪を起こしてプレーができなかった中でも自分がどんな状況であれ、今できることをやることの大切さを感じた中で、自分がプレーしていなくてもバスケットボールが楽しいと思えるようにもなったんです。
今まで自分のためにやってきたバスケットボールで、色々な苦しさを乗り越え、最終的には自分のためではなく人のために頑張りたいと思える自分になったことを実感しました。そこで「あ、私バスケットボールを通じて学べることを学びきったな」という気持ちになって、自然と次のステップ進んでいいなと心の底から思ったので引退を決めました。
― 引退後はどんな道へ進まれるのでしょうか?指導者などバスケットボールに関わるお仕事でしょうか?
バスケットボールに直接関わる仕事は今のところ考えていません。アスリート社員という形でお世話になっていた荏原製作所で働きながら、スポーツメンタルコーチをやっていく予定です。
― スポーツメンタルコーチに関心を持たれたのは、競技生活の中で自分が救われたのがスポーツメンタルコーチだったからという理由からでしょうか?
それも一つの理由ですが、現役中にスポーツメンタルコーチの資格講座を受講して色々な理論を学んだ時に、純粋に「人のために使いたい!」と思ったのがきっかけです。バスケットボールの指導者やスキルコーチになることは元から考えていなかったので、単純に自分が心からやりたいと思ったスポーツメンタルコーチのキャリアを選びました。
セカンドキャリアへ選んだのは自らが救われたスポーツメンタルコーチの道。自分の経験も通して選手たちを人生レベルでサポートしていきたい。
― 新たな道を歩み出したこのタイミングで聞いてみたいのですが、今後どのようなスポーツメンタルコーチになっていきたいですか。
まずは過去の私と同じように、結果自体に自分の価値を全部委ねてしまって苦しんでいる選手をサポートしたいです。私自身スポーツメンタルコーチングを受けたことでバスケットボール選手として心から楽しくやれた中で、自然と結果もついてくるという経験をしました。
でも本質的にはスポーツメンタルコーチングを通じて得られたものは、結果だけでなく、バスケットボール選手を終えたこれからの人生で生きていく上でもすごく大事な価値観や考え方を得る事ができたんです。そうした経験を経て、選手たちの競技生活や結果にコミットする事はもちろん、その先の人生も幸せに、豊かに生きていけるような関わり方ができるスポーツメンタルコーチになりたいです。
― やっぱり競技者としての経験があることもスポーツメンタルコーチとしての大きな強みですよね。
はい。やっぱり気持ちの部分はすごく理解できますよね。「あ、この人ならきっと私が今悩んでることを分かってくれるし、それを乗り越えてきた人だからお願いすればきっと良くなれるんじゃないか」って思ってもらえるのではないかと思います。
私自身、チームの移籍、日本代表、チーム優勝、個人タイトルの獲得、キャプテンなどの様々な経験をした一方で、結果が出ない、怪我でバスケットができない、チームをうまく導けないなど、自分の存在価値そのものが揺らいでしまうような経験をたくさんしてきたので、色々な角度から選手たちの気持ちをよく分かってあげられるのではないかと思います。その上で、結果を出すためには結果に相応しい人であることが大事ということを伝えながら、どんな時も寄り添って、その人に中にある答えを一緒に見つけていきたいです。

― ちなみに千葉さんは鈴木さんからコーチングされていただけではなく、資格講座受講者としてもスポーツメンタルコーチングについて学ばれました。鈴木さんの話で特に印象に残っていることはありますか?
自分にとってすごく大事にしたいと思えた言葉は、資格講座で学んだことでもあり、鈴木さんとのコーチングでも出た内容ですが、「相手の目で世界を見る」ということです。特に自分が今年キャプテンを務めていた時に、実際に実践し、支えになった言葉でもあります。
コーチ陣の伝えたいことも選手の気持ちも分かるけど、私も人間なので理解できない時もありました。ただ、チームを良くしていくために完全に理解する事はできなくても、しっかり気持ちを受け取れるようになりたい。そこから相手の目で世界を見た時に、今までだったら「え、なんで?」と思っていたことが、「あ、確かにそういう風に思うかもしれないな」や「じゃあ自分はこうしてみよう」と物事を多角的に捉えることができました。その上で、このチームにとって一番いいと思えるものを自分なりに見つけ出し行動に移す事ができました。今後はより「相手の目で世界を見る」ことを大切にしていきたいです。
― 自分が今度は支える側になった時に、自分が選手時代にされていたコーチングを改めて別角度から学んだと思いますが何か感じたことはありますか?
やっぱり自分自身が選手時代にコーチングで受けたことを今度は学ぶ中で、「これってこういうことなんだ」と体感として答え合わせのような形で再度実感できたので、資格講座ではどの内容もすっと入ってくる感覚はありました。
次はスポーツメンタルコーチとして選手に関わっていく立場になる上で、自分が体感としてそれを理解しているからこそ、今度はそのニュアンスを選手たちにうまく伝えられるように自分自身の言語化や、伝わりやすい表現を具体的にできるようにより学びを深めていこうという気持ちになりました。

― 改めて具体的にスポーツメンタルコーチとしてどういう風に選手たちをサポートしていきたいか聞かせてください。
結果だけに自分の価値を委ねて苦しんでいる選手って、裏を返せばそれだけやっぱり結果を出したいという強い思いを持っている人だと思うので、そういう選手をサポートしたいですね。その過程のどんな時も一緒に伴走して、寄り添って、その人の中にある答えや気づきを引き出す環境づくりをしていきたいなと思います。
― そういう結果に囚われてしまっている選手たちに今ここで伝えられることがあれば聞かせてください。
まず結果が出ても出てなくても、その人自身の存在価値は変わらないですし、「どんな自分も自分なんだよ」ということは伝えたいです。また結果を出すことを含めて、その目標に向かう道は決してあなた1人だけはなくて、必ず支えてくれる人や助けてくれる人がいるということも。
是非、私も含めて周りの人をたくさん頼って欲しいなと思います。その上で競技をやれていることも、今生きていることも自分一人の力ではなく周りの人がいてこそなので、そこへの感謝の気持ちを忘れずに進んでもらえたら嬉しいなと思います。
前に進むことや成長することも大事ですが、時には立ち止まって自分がやってきたことを振り返りながら、自分が心からワクワクするものに向かって思いっきり突き進んで欲しいです。
自分にとってスポーツメンタルコーチングとは

― 最後に千葉さんにとってスポーツメンタルコーチングとは何かを聞かせてください。
自分にとってスポーツメンタルコーチングの存在は大きく2つあって、1つ目はやっぱり結果を出すための手段でしたが、自分としては2つ目の方がメインで「どんな自分も自分だと受け入れられるきっかけをくれたもの」です。
千葉歩プロフィール

1996年8月4日生まれ。岩手県出身。専修大学卒業後、2019年に新潟アルビレックスBBラビッツへ入団。シャンソン化粧品シャンソンVマジックを経て、2023年より東京羽田ヴィッキーズに加入。高いシュート精度を武器にリーグ屈指のシューターとして君臨し、2024-25シーズンには3ポイントシュート成功率1位の個人タイトルを獲得した。2025年2月にはWリーグ通算1,000得点を達成。コート上での誠実なプレースタイルと勝負強さでチームを牽引したが、2025-26シーズンをもって惜しまれつつも現役引退を表明。引退後の現在は株式会社荏原製作所に勤める傍ら、自身の選手時代の経験を活かしてスポーツメンタルコーチとして活動している。
Interview and Edit by 畠山 大樹
次回のスポーツメンタルコーチ資格講座のご紹介

スポーツメンタルコーチ資格講座は「日本スポーツメンタルコーチ協会(R)」にて発行されている資格です。One Athlete,One Mentale coachの理念を掲げスポーツメンタルコーチの普及に力を入れております。