TOP SERVICE CONTACT

才能と技術に加わった最強メンタル”負けず嫌いさ”でさらに強く、石川真佑選手

Vリーグ東レアローズでアウトサイドアタッカーとして活躍する石川真佑選手。兄は、イタリアのセリエAのミラノに所属する石川祐希選手です。小学校の頃から全国で名を轟かせ、兄弟揃って全日本の選手にも選ばれています。性格は”とても負けず嫌いだ”そうです。今回は、女子バレーボール石川真佑選手についてお話します。

目次

  • エリート街道から日本代表へ

  • 最強の”負けず嫌い集団”で得たもの

  • 切磋琢磨し合える強い絆

 

エリート街道から日本代表へ

愛知県岡崎市出身の石川真佑選手。バレーボールを始めたのは、小学校3年生の時。姉の影響で先にバレーボールを始めていた兄、石川祐希選手を見て自分も始めたいと思ったそうです。

 

実業団としてDENSOに所属していた元陸上選手の父、同じくDENSOに所属していた元バスケットボール選手の母、アスリート夫婦の元に生まれ育ちました。地元の中学校ではなく、全国制覇経験もある長野市立裾花中学校に入学した石川真佑選手。

 

県外のバレーボール名門校で3年間厳しい練習を耐え抜き、3年連続で全国大会出場を果たしました。1年生と3年生の時には全国制覇を成し遂げ、長野県体育協会から栄誉を讃えられました。中学卒業後に上京し、下北沢成徳高等学校に入学。大山加奈選手や荒木絵里香選手、木村沙織選手などの名だたるバレーボール選手を輩出した名門校です。

 

そんな強豪校であるにも関わらず1年生からレギュラーの座を掴み、全国高等学校総合体育大会で優勝を経験。その年の全日本バレーボール高等学校選手権大会でも優勝し、全国制覇を果たしました。3年生になるとキャプテンとしてチームを牽引し、全国高等学校総合体育大会で優勝。その年の国民体育大会バレーボール競技の部では、東京都代表として出場し優勝を果たしました。

 

高校総体との2冠を達成。3冠をかけて臨んだ全日本バレーボール高等学校選手権大会では、惜しくも準決勝で敗れました。高校卒業後は、V・プレミアリーグの東レアローズに入団した石川真佑選手。高校卒業前には先発として実践デビューし、即戦力であることをアピールしていました。

 

全日本代表選手にも初選出。U20の世界選手権大会の代表メンバーでは、キャプテンも務め、MVPとベストアウトサイドヒッターに輝く活躍で優勝に大きく貢献しました。アジア選手権でもMVPとベストアウトサイドスパイカー賞を獲得し、優勝に貢献。中田久美日本代表監督の目に止まり、W杯代表にも選ばれました。

 

全日本チームでは、スターティングメンバーに起用され、チーム最多得点を記録。兄の石川祐希選手と共に東京オリンピックのメンバーにも選ばれ、全試合にフル出場し502得点を記録しました。東レアローズ、そして日本代表としても欠かすことができない主力選手へと成長したのです。

 

最強の”負けず嫌い集団”で得たもの

中学は、県外の強豪校で寮生活を経験した石川真佑選手。高校も地元ではなく、下北沢成徳高等学校に進学しました。自身が”負けず嫌いだ”と自覚したのは、この時だそうです。

 

1年生から試合に出場し、春高バレーで見事に連覇を果たしました。当時3年生でエースだったのは、東レアローズでチームメイトの黒後愛選手。この時のチームメンバーは、全日本ジュニア代表にも選ばれていた黒後愛選手、山口珠季選手、堀江美志選手、そして1年生だった石川真佑選手でした。

 

攻撃陣だけで見れば、圧倒されるほどのメンバーでこの大会”優勝候補の大本命”と囁かれました。高校生の彼女たちにとって大きなプレッシャーでしたが、これが良い意味でチーム内での競争に繋がったそうです。

 

下北沢成徳チームが、何より重点を置いて練習していたのは”ボール練習とウェイトトレーニング”。岩下正人トレーニングコーチは、この時のメンバーを「元々体つくりに対する意識や運動能力が高かった」と話しました。普通であれば「もっと頑張れ」とハッパをかけないといけないのに、逆に「もうそのぐらいで抑えときなさい」とブレーキをかけないといけないほどストイックなチームだったそうです。

 

筋量やバランスに長けているエースの黒後愛選手を始め、周囲も”負けられない”そして”自分ももっと強くなりたい。周りに勝ちたい”と練習に励み、負けず嫌い集団となったチームのなかに1年生の石川真佑選手もいました。「(石川真佑選手の)インナー打ちは上手なので練習から真似ている」と”年下であっても相手を尊敬し、良いところは真似る”という素直さまで持ち合わせていました。

 

1年生でありながら中学時代に大活躍し、兄である石川祐希選手と同じ勝負強さがあり「攻撃力が本当にすごい」とチームメイトから評価されていた石川真佑選手。周りの選手は、自主練習の時間を作り必死で「死ぬ気で練習した」と話しました。

 

その周りの姿を見て”負けられない”と感じた石川真佑選手。「私が出ることで出られない3年生がいる」ということをしっかりと受け止め「自分がだらしないプレーやつまらないミスをしたらきっと嫌な気持ちになると思う」そんな思いをさせないようにしっかり戦おうと心に誓ったそうです。

 

”負けず嫌い”といっても、単に負けたくないとライバル心を持つだけでは成長することはできません。お互いリスペクトし合い、良いところは見習って(真似をして)自分のやるべき役割を果たし、切磋琢磨すること。下北沢成徳高等学校で身についたこの”負けず嫌いさ”は、石川真佑選手のバレーボール人生で活き続けているのです。

 

切磋琢磨し合える強い絆

石川真佑選手にとって現在、東レアローズのチームメイトである黒後愛選手。下北沢成徳高等学校時代の2年上の先輩でもあり、お互い信頼できる特別な存在です。

 

高校入学時に感じた石川真佑選手の印象について「自分をしっかり持っていた。自分の考えを言葉にするのがものすごく上手だった」と話した黒後愛選手。コミュニケーション能力の高さは、現在の活躍にも役立っていると感じているそうです。

 

プレーについては「パワーもありますが、相手のブロックに当てて出すスパイクなど冷静に(相手を)見て得点に繋げられる技術もあるスパイカー」だと評価しました。しかしその攻撃力の反面、海外のチームからレシーブで狙われることが増えてきてしまいました。

 

周囲の選手のカバーもありましたが”海外のトップ選手の速く高いサーブに対応できるようにならないといけない”と守備面に対する課題も感じているという石川真佑選手。これに対する黒後愛選手からのアドバイスは「気持ち」どれだけ狙われても「全部返してやる」という気持ちを持ってほしいのだそうです。

 

ミスをした後こそ「来い!」と思える強さ、まさにメンタル面でのアドバイス。そして守備を安定させることも大事ですが「苦しい時に上がったトスを得点に決められる強さが課題だ」とアタッカーとしての役割もしっかり果たしたいと話す石川真佑選手。

 

「スパイクが決められなくともレシーブやサーブなどどんな形でもいいからチームに貢献したい」とも話しました。”今の自分に満足していない”という思いが共通している黒後愛選手と石川真佑選手。昔からお互いを知り合う2人には、日々切磋琢磨し合い信頼とライバル関係で結ばれた強い絆があるのです。

 

今回は、石川真佑選手についてお話しました。強豪校で過ごした中学高校時代に強いメンタルを身につけました。現在も自身に満足することなく日々精進する姿には、目を見張るものがあります。チームメイトとの良い刺激を感じながら今後もバレーボール界で活躍する姿が楽しみです。

 

 

石川真佑選手の記事で参考にしたもの

https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/volleyball/2020/01/10/_split/

 

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201701090002-spnavi

 

合わせて読みたい記事

【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

その他のおすすめ記事

最強の縁と向上心で育成から一流投手へ、千賀滉大投手 アメリカ・メジャーリーグのニューヨークメッツに所属の千賀滉大選手。育成ド‥ 続きを読む
ライバルが気になって仕方がたない場合のメンタルの整え方 「ライバルのSNSが気になって仕方がない」 そういって、 怒りを‥ 続きを読む
スポーツ選手が口を揃えて話す言語化に潜む罠 言語化をすることが求められる場面が増えました。日本ではサッカーでよく言語化と言わ‥ 続きを読む