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サッカーを通して学んだ人間性の重要性、三苫薫選手

イングランド・プレミアリーグのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンに所属する三苫薫選手。東京オリンピックでは日本代表にも選ばれ、一気に注目されるようになりました。”ヌルヌルドリブル”と称される独特のプレースタイルです。緩急のついた推進力あるドリブルで相手の選手を鮮やかに抜き去り、技ありのパスセンスと決定力の高いシュート力が魅力の選手。日本のみならず、海外でも高い評価を受けている三苫薫選手についてお話します。

目次

  • ”スポーツ万能”な少年時代

  • プロでも活きる”大学での実戦経験”

  • 敵を惑わす”自分の置きどころ”

  • 早くから気づいた”人間性の重要性”

”スポーツ万能”な少年時代

生まれは大分県、神奈川県川崎市で育った三苫薫選手。家族皆とても仲良しで海外に居ても頻繁に連絡を取り合っているそうです。両親については「尊敬できる人」と話しています。父は陸上、母はバレーボールの経験者の元アスリートを両親に持ちます。彼自身もサッカー以外で陸上やテニス、卓球などさまざまなスポーツをするのが大好きだと言います。

 

異なるそれぞれのスポーツの特徴ある動きを身につけたからこそ最大の武器であるドリブルが生まれたことが納得できます。そんな三苫薫選手がサッカーを始めたのは3歳の時。3つ年上の兄の影響が大きかったそうです。幼稚園の時からサッカースクールに通い、小学生で加入した地元の強豪チーム・さぎぬまFCで本格的なチームサッカーを始めました。

 

幼少期からサッカーの才能は光り輝き、川崎フロンターレU10に合格。高校卒業まで川崎フロンターレの下部組織に所属し、そのままトップチームへの昇格の話も出るほどの才能を持っていたのです。

 

プロでも活きる”大学での実戦経験”

川崎フロンターレの下部組織に所属していた三苫薫選手。「トップチームからの誘いはあった」と話していますが、プロ昇格よりも大学進学の道をあえて選びました。理由について「すぐに活躍できるイメージがなかった。大学に行って試合を経験して人としてもサッカー選手としても長期的にやっていく方が自分にあっているのではないかと思った」と話した三苫薫選手。

 

試合で実戦経験を積むことで多くのことを学ぶつもりだったのです。筑波大学に入学すると関東大学サッカーリーグで3年連続のベストイレブンを受賞し、天皇杯でプロチームを相手に2ゴールを決めるなどの活躍を見せました。

 

大学2年生にして川崎フロンターレの特別指定選手に選ばれ、卒業後もプロ1年目でベストイレブンを受賞。2年目には、世界最高峰イングランドのプレミアリーグ・ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCに移籍しました。

 

ビザの関係で一度ベルギーリーグにレンタル移籍。ここでも8ゴールを決め、文句なしで日本代表にも選ばれる活躍をしました。日本代表としてもU20、U21そして全日本大学選抜、U22、U24でも選ばれ、それぞれの大会で大活躍。

 

小学生時代から全国大会に出場してきた三苫薫選手。大学時代にユニバーシアード日本代表で2度もタイトルを獲得するなど4年間で多くの経験を積み、プロに加入前に大きな手応えを掴んでいたのです。「海外に出たら(代表に)選ばれると思って行きました」と話した三苫薫選手。強い気持ちを持って海外に挑戦したことがわかります。

 

オリンピック代表としても日本代表で良い印象を与え、W杯出場に負けられないオーストラリア戦でも見事に2ゴールを挙げた三苫薫選手。結果、日本を7大会連続となるワールドカップ出場に導いたシンデレラボーイとなったのです。

 

敵を惑わす”自分の置きどころ”

選手などの投票で選ばれるベストイレブンで最多得票を集めた三苫薫選手。自身に点をつけるとしたら「難しいですね」と話しながらも「70点くらいがちょうど良いのかな」と話しました。理由について「自分のプレーを出せた試合もあるので充実していた反面、悔しいシーズンでもあったので」という言葉から”自分はまだまだやれる”という自信が感じ取れました。

 

三苫薫選手の一番の長所はドリブル。「常に自分の”置きどころ”にボールを置くことを大切にしています」と話しました。置きどころというのは、右足のつま先の真ん中だそうです。近すぎるわけでも遠すぎるわけでもなく足首の角度一つでインサイド、アウトサイドどちらにもボールを動かすことができる位置。次のプレーに移行もしやすい位置でもあり、常に多くの選択肢を持っていられる”絶妙なところ”が自身の置き所なのです。

 

パス、ドリブル、シュートという選択肢があるからこそ相手も的を絞ることができず、結果的にこちらにとって有利となります。また、”ドリブルをする姿勢”にもこだわっているそうです。単に頭が下がっていると周りを見渡せないというもの。”こいつ(パスなどの)選択肢ないな”と感じ取られ、相手も飛び込んできやすくなります。しかし前を向いていれば周りを把握していると相手にも感じさせ、近づいてきにくいオーラを放つことができます。

 

パスをする時点で相手や味方がどのように動いてどこで自分が受ければ、シュートを打ち得点に繋がるというところまで読み込めます。W杯で戦うのは幼き日の夢の一つだったという三苫薫選手。目指すのは、ドリブル、パス、シュートなんでもできる選手でメンタリティ、フィジカルどの要素を見ても”すごい”と思われる選手だそうです。

 

早くから気がついた”人間性の重要性”

ゴールを量産してきた三苫薫選手であっても「点が入らないな」と考えてしまい、力んでいた時期があったそうです。そんな時にアドバイスをくれたのが、川崎フロンターレの先輩である中村憲剛選手。「もっとリラックスしてコースに流し込め」という言葉でした。

 

スッと胸に入った同じフロンターレのユース出身の先輩の言葉。それまで”自分自分”となっていたものを周りの選手を使うことの大切さ、力を抜くことの大切さを実感できたのでした。「サッカーはメンタルで動くところもあるので結果に繋がる言葉をくれた憲剛さんには、本当に感謝している」と話しました。同世代の選手が海外で活躍する姿が良い刺激になっているそうです。

 

川崎フロンターレは、中村憲剛選手を始めとした生え抜きの選手が多く活躍するチームでした。とても心強く感じていたため「自分も良い先輩を見習って大きく成長したい」と話した三苫薫選手。そして「大学4年間でサッカー選手としても、人間としても成長した部分があると思うのでそのアドバンテージを出せればチャンスが出ると思います」とも話していました。

 

メンタルとフィジカル両方のコンディションを高いレベルで保つことを目標としているそうですが、なかなか大変なことです。しかし、プロへの最短ルートを通ることなく自ら大学進学を決意した志と4年間の実戦経験により人間として成長できたことは何よりも大きな財産となったのです。

 

今回は、三苫薫選手についてお話しました。幼い頃からJリーグの下部組織に所属し、トップチームへの誘いを受けながら試合経験を優先するため大学進学を選択。もちろん卒業後に”必ず今よりもプロで活躍できる実力を身につける”という強い決意を持って4年間を過ごしました。

 

さまざまな経験を積んだことで得たスキルと自信を持ってプレーに集中できるようになったことで安定した成績を残してきました。強いメンタルを得た三苫薫選手の今後のご活躍を楽しみにしております。

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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