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強さの秘訣は”自己分析能力”、朝倉未来選手

総合格闘技RIZINで格闘家として活躍する朝倉未来選手。弟の海選手と共にその圧倒的な強さで人気は絶大です。他にもスポーツインストラクターやユーチューバー、実業家や歌手として多才な肩書きを持ちます。これだけ聞くと器用に人生の階段を登ってきたように感じますが、多くの経験を経て現在の地位を築いたのです。今回は、朝倉未来選手についてお話します。

スポーツメンタルコーチ

目次

  • 10人が逃げ出すほどの強いオーラ

  • 暴走族から格闘家への転身

  • 自己分析能力が長けている点

10人が逃げ出すほどの強いオーラ

愛知県豊橋市出身の朝倉未来選手は、弟、妹3人兄弟の長男として生まれました。幼少期の性格はとても臆病だったそうです。そんな息子に父親は、“強くなってもらいたい“と願いをこめて習い事を選びました。

 

7歳で空手や相撲を習い始めた朝倉未来選手。筋肉番付として当時人気番組だった”SASUKE”に出たいという目標を持ったことで更に空手に打ち込み、極真空手の全国大会で2位の成績を残すほどに成長しました。

 

腕立て200回、スクワット500回の大人でも厳しいトレーニングを泣きながらもこなしていたそうです。小柄な体格ながら大きな相手を倒すほどの相撲センスがあったといいます。

 

そんな朝倉未来選手は、小学校高学年からヤンチャになり始め、中学生になるとさらに拍車が掛かります。仲良しだった年上の友達が”先輩だから”という理由で敬語を使うように要求した事が納得できず従いませんでした。

 

10人の先輩たちに囲まれるも謝らず、表情さえも全く変えない態度を取りました。これを見た先輩たちは、ビビってしまい全員逃げ出しました。「こいつはヤバイ。ぶっ飛んでる」と感じたそうです。そんなヤンチャ盛りの朝倉未来選手は、高校に行くつもりではなかったそうですが、それでも受験前に猛勉強して高校に進学。

 

しかし、高校生になってもそのヤンチャっぷりは健在で日々喧嘩が絶えませんでした。謹慎になることも多く、傷害事件を起こしたことで結局退学になってしまったのです。

 

この過去にあった話を聞くだけで錚々たるメンタルを既に持っていたのかなと推測することが出来ます。朝倉未来選手のいいところは、こんな事があってもルールがある世界に身を投じることが出来た事です。強くても、社会で生き抜く最低限のルールを守ってこそです。アスリートで昔はやんちゃだった選手は多いのですが、是非とも朝倉未来選手の事例を真摯に学んでほしいなと思っています。

 

暴走族から格闘家への転身

有名な喧嘩の強さで暴走族からの勧誘もたくさん受けますが、断り続けてきた朝倉未来選手。”暴走族は個人では弱い、武器を使って卑怯”と感じていたのが理由だそうです。実際、暴走族との喧嘩を3対3で受けても相手は、3人ではなく50人で来たことがありました。

 

“1対1で正々堂々と喧嘩する“には、どうしたら良いのか考えた朝倉未来選手。”自分も暴走族に入って権力を持てば良いのかもしれない”と考えたため、暴走族に入りました。しかし武器を使おうとする他の者を止めたりすることもあり、なかなか理想的でフェアな喧嘩はできなかったそうです。

 

元々頭の回転が早く副総長にまで上り詰め、ストリートファイトに明け暮れていました。しかし、16歳の時に無免許運転と暴走行為で逮捕された朝倉未来選手。1年4ヶ月の間、少年院で生活することになりました。喧嘩三昧だった頃と比べ、正反対の規律ある暮らしは地獄のようだったそうです。

 

月に1度母からの手紙と家族との面会、友人が心配してくれている話を聞くと「心配されているな。しっかりしないとな」と感じたそうです。少年院を出ると家族や友人のおかげで喧嘩なしの生活を送ることができました。アマチュアとセミプロの格闘技大会”THE OUTSIDER”を勧められたことがきっかけで格闘家になることを決意し、禅道会豊橋道場へ入門。

 

喧嘩に費やしていた時間をトレーニングに充て練習に励んだのです。一対一を求めてきた朝倉未来選手が望んだ決められたルールのなか戦うこと。その戦いで他者を喜ばせることができるのは、何より嬉しかったのでしょう。

 

デビュー戦は小さな会場でやっていたのですが、それでも「ああ、こんなに気持ちいいんだ。すごく明るく見える、リングの上って。全く違います。喧嘩とは」と戦うことが初めて良いものだと感じたそうです。戦う喜びを見つけ、ファイターとして地下格闘技団体・黒王や”DEEP”への参戦を経て格闘家となった朝倉未来選手。弟の海選手と共に”THE OUT SIDER”に参戦していくことになります。

 

自己分析能力が長けている点

強者になるには”客観視”することが重要だと考える朝倉未来選手。それを意識するようになったのは、まだ小学生の時だったそうです。両親がビデオカメラで動きを撮影した時に、想像をしていた自分の動きと画面に映る実際の自分の動きが全く違うことに気がつきました。その後、強くあるために日々試行錯誤を重ね、”弱い人に共通する特徴を3つ見つけたと言います。

 

まず1つ目、弱い人の特徴『弱い者は自身の感情に振り回される』ということ。力や能力が足りないことだけではなく、自身の感情に負けることも”弱さ”の一つなのです。すぐに動揺したり失敗を他人のせいにしてしまう人は、弱く見えてしまいます。日常的に発生する小さなトラブル、ネガティブ要素をどのようにしてポジティブに”修復”できるか。

 

これが弱者から強者になるポイントとなります。この修復力を身につけるためには、自信を一歩引いた視点から眺める“客観視“が必要となってきます。

 

2つ目『弱い人の特徴は”弱い者は客観視ができない』ということ。弱い人は自身のしたい動きだけをして、イメージ通りに物事が進むと思い込んでしまうのです。しかし実戦となると思うようにことが運ばないこともあります。そんな時に、なぜうまくいかないのか理解できないのです。客観視ができないことで自身の過信や、弱点の軽視によって必ず足を救われてしまいます。

 

客観視を実戦するためには、第三者に意見を求めたり他人の良い部分を観察することが有効です。朝倉未来選手は、ビデオカメラを使用することで自身を”客観視”できることに幼少期には気づいたのでした。第三者の視点から見た風景を自身の視点に置き換えシュミレーションすること。これを”空間的想像”と呼んでいるそうです。

 

空間的想像で対戦相手を分析することで相手の動きが細かくより具体的に見えてきます。弱い人は相手の分析が漠然としてしまいますが、第三者としてそれを“常にシュミレーションすることで臨機応変に対応できる“ことが強者になるポイントとなります。多忙な人が多い現代人、朝倉未来選手自身もやらなければならないことを抜いて逆算すると練習に充てられる時間は2時間。

 

そうなると練習は短い時間で”効率的”に行わなければなりません。短い練習時間をより有効的に考え、試合で勝利することに直接結びつかない練習はしないことを心掛けたのです。

 

3つ目『弱い人は”目的意識が曖昧で非効率に時間を使う』こと。何を達成したいか何を克服したいか、明確な目的意識を持つことでやるべきことが明確となり、短時間で集中し質の高い練習ができるのです。”効率的に時間を使うこと”がポイントになります。心身共に余裕を持つことで達成したいこと克服したいことに意欲的に取り組むこと。これが可能になれば、”弱者は自然と強者に生まれ変わること”ができるのです。

 

今回は、朝倉未来選手についてお話しました。すでに客観視できていた少年時代の朝倉未来選手。空手で全国2位に輝いたものの、喧嘩三昧、暴走族、少年院などのたくさんの回り道をしました。気持ちを入れ替えた朝倉未来は、試行錯誤を繰り返しました。彼の独自の視点で得た自己分析能力は、ポイントを抑えることで仕事などにも応用できることでしょう。今後のご活躍も楽しみにしています。

 

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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