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一流のメンタルを持つ”ドラマチックな男”、浅野拓磨選手

ドイツ・ブンデスリーガのVfLボーフムに所属し、日本代表にも選ばれている浅野拓磨選手。”ジャガー”と言う愛称は、元々サンフレッチェ広島の携帯サイトのコラム内で「浅野拓磨はジャガーのようである」と言うフレーズが由来です。当時チームのエースだった佐藤寿人氏が若手注目選手として浅野拓磨選手を紹介した際に「ジャガー浅野」と呼んだことで一気に定着したのです。ゴールを決めた後のパフォーマンスも顔の両手で爪を立てるようにし、口を大きく開ける”ジャガーポーズ”がトレードマークとなりました。今回は、浅野拓磨選手についてお話します。

目次

  • 両親の支えで”絶対にプロになる”と決意

  • 大切なのは”一流のメンタル”

  • ”ドラマチックな男”が演出するゴール

 

両親の支えで”絶対にプロになる”と決意

三重県出身の浅野拓磨選手。男の子6人に末っ子である女の子の7人兄弟の三男として生まれ育ちました。末っ子の妹とは17歳も年が離れていてお風呂に入れるのは、浅野拓磨選手の役割だったほど可愛がっていたそうです。

 

長距離トラックの運転手である父とスーパーでパートをする母そして7人兄弟の大家族の家計は苦しかったと言います。兄の影響でサッカーを習い始めた浅野拓磨選手を含め4人の男の子でサッカーの練習に明け暮れる少年時代。パートで忙しい母も練習には顔を出し、必ず人数分のお弁当を作って懸命にサポートしました。

 

小学校、中学校のサッカークラブは無名に近いチームだったものの中学時代からサッカーの才能を認められ、強豪校からの誘いを受けることもありました。しかし大家族の家計を心配した浅野拓磨選手は、遠征費用が高い強豪校への進学を諦めていたのです。

 

そんな家庭環境を理解していた上でも両親の元に何度も訪れ浅野拓磨選手の才能と将来性を考え、強豪校である四日市中央高校への進学を勧めたという中学の顧問。その説得もあり最終的に「行ってもいいよ」と背中を押してくれた両親のために、それまで「プロになりたい」という漠然だった思いは「絶対にプロにならなくちゃいけない」という決意へと変わりました。

 

進学した四日市中央高校では、1年生で試合に出始め、2年生の時にレギュラーを掴みました。3年連続で高校選手権に出場した浅野拓磨選手。2年目の大会で史上4人目となる初戦から決勝までの全試合で得点を挙げる快挙を達成し、大会の得点王にも輝きました。

 

3年目の大会でも大会優秀選手となり、高校選抜にも選出されると卒業時には、横浜Fマリノスやサンフレッチェ広島など複数のJリーグクラブからオファーを受けるほどの選手へ成長しました。

 

高校卒業後は、サンフレッチェ広島とプロ契約を結んだ浅野琢磨選手は、父には車を母には時計をプレゼント。苦しい家計の中、遠征費が高い高校への進学など夢を叶えるまで懸命に支えてくれたことへの恩返しを最高の形で果たすことができたのです。

 

大切なのは”一流のメンタル”

「一流選手になっていくには、メンタルも一流になって行かないとって思います」と話した浅野拓磨選手。もちろんメンタルが全てではないながらも海外の有名選手と戦う上では、必ず必要になってくるものがメンタルです。プロの選手である以上、一度注目されると厳しくなっていく周りの眼です。

 

「浅野全然あかんな」と言われることも多々ありながら落ち込むのではなく、”自分はまだそれぐらいの選手なんだなと言う気持ちでいるのだそうです。例え決定的なシュートを外してしまっても「周りからはケロッとしているように見えるくらいのメンタル強さを身につけたい」と話した浅野拓磨選手。

 

もちろんしっかり反省することも必要だという事は承知の上で”涙を流さないくらいのメンタル強さ”を目標としているのだそうです。しかし、悔しさや不甲斐なさなどを感じた思いも忘れてはいません。”どんな敗戦も無駄にしてはいけない”ということも意識していると言います。「チームの勝利に結びつくゴールを決められる選手になっていきたい」という強い思いでメンタルがさらに強固になっていく浅野拓磨選手。

 

もしピッチで涙するときは、日本代表の勝利へとつながるゴールを決めた時、ありのままの喜びの感情を爆発させる時だと決意しているのです。

 

”ドラマチックな男”が演出するゴール

シュートが決まらないことは「メンタルの問題ではなく、あくまで技術の問題」と話してきた浅野拓磨選手。しかし「(気持ちが)落ちている時間の方が多い。落とされ続けて批判され続けて」とメンタルを保つ上での苦労も話しました。それを乗り越えられたのは、何度もW杯を経験した熱い気持ちでチームを盛り上げる先輩である長友佑都選手の影響も大きかったそうです。

 

やはり技術どうこうは関係なく”気持ちの強い方が勝つ”と感じるようになり、最終的には気持ちが大事だと言うことに落ち着いたのです。そんな浅野拓磨選手のある一面が対戦が決まっていたドイツ国内を驚かせたことがありました。所属先のボーフムで得点を決めた試合をたまたま視察に訪れていたドイツの監督でした。

 

試合前に「ハンジ・フリックが今日見にきているけど」とアナウンサーにインタビューを受けた際、「ハンジ・フリック?何それ?」と聞き返したのです。例えば、ドイツの選手がモリヤスハジメ”という名を把握していないように敵将の名前を把握していなかった浅野拓磨選手。もちろん「失礼だ」と感じる人もいるかもしれませんが、選手にとって必要なことは対戦する選手のこと、そして何より点を取ることが重要なのです。

 

そんなやりとりの後に得点を決めたドラマチックな出来事でした。試合後には「全然意識していなかったですけどそれ(発言)も含めてドラマチックって本当にあることなんだな。特に僕はドラマチックなことが起きる人間だと思っているので、それが今日たまたまきた」と話した浅野拓磨選手。

 

そしてカタールW杯の代表選手発表の前々日にもドラマチックな出来事があったと言います。4年前のロシアW杯の前に代表選手たちと共に合宿に参加しながらも最終選考に選ばれなかった浅野拓磨選手。その当時の悔しい思いを「今後に生きるから」と励ましてくれたのは、香川真司選手だったそうです。そして緊張のまま待つカタールW杯のメンバー発表の前にも会いにきてくれたのも香川真司選手。何もないのにただ会いにきてくれて家に泊まって行き、最後の最後に「大丈夫。メンバーに絶対入るよ」と声をかけてくれました。

 

同じ代表として目指してきた先輩からの言葉には何より重みがあり、勇気をもらえるものでした。浅野拓磨選手も「やれそうな気がします。パワーもらいました」と返したのでした。「それが今日に繋がっている。それもドラマチックですけど僕はそういう男だと思います」とドラマチックなことが多いと自覚しているそうです。自分自身に対するセルフイメージにおいて”ドラマチックな人である”とポジティブに捉える点は、メンタルを保つ上で重要なことです。このポジティブさも浅野拓磨選手の魅力の一つなのです。

 

今回は、浅野拓磨選手についてお話しました。社交的で明るい笑顔とシュートを外しても決して下を向かず、良い意味で”へこたれない”強いメンタルの持ち主。9人の大家族で生まれ育った境遇で「絶対プロになる」と決意し夢を叶え、さらに海外へ活躍の場を広げました。

 

たまたまでは片付けられないほどドラマチックな人間であると自覚しているポジティブなところ、もちろんゴールへの決定力も魅力な選手。演出するゴールが決まり、一本でも多いジャガーポーズが見たいものです。多くのサッカーファンに勇気と感動を与えてほしいと思います。今後も浅野拓磨選手のご活躍を祈っております。


 

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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