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”緊張より楽しめる”神メンタル、伊藤美誠選手

アスリートの望む結果にメンタル面でサポートするスポーツメンタルコーチの鈴木颯人です。オリンピック卓球競技で史上最年少の15歳でメダリストとなった伊藤美誠選手。水谷準選手と共に出場した東京オリンピック混合競技ダブルスでは、金メダルを獲得しました。この大会では、女子シングルスで日本人初となる銅メダル、石川佳純選手、平野美宇選手と共に女子団体でも銀メダルを獲得。世界初となるオリンピック3種目でメダリストとなる快挙を成し遂げました。

同学年の平野美宇選手は、友人でもありライバル。”みうみま”との愛称で呼ばれ、幼い頃から切磋琢磨して来ました。卓球黄金世代とも呼ばれ、国際大会で優勝争いを繰り広げる躍進っぷりを見せます。今回は、伊藤美誠選手についてスポーツメンタルコーチとしての視点でお話し出来ればと思います。

目次

  • 桁外れの”訓練と練習”から得たもの

  • 母との夢を達成した”神メンタル”

  • 緊張よりも”楽しいが最初にくる”

 

桁外れの”訓練と練習”から得たもの

静岡県磐田市出身の伊藤美誠選手。両親も元卓球選手、中学1年で卓球を始めながらも全国高等学校総合体育大会、全日本学生卓球選手権大会に出場した名選手を母に持ちます。

 

実業団で活躍していた母は、妊娠中からトイレットペーパーの芯をお腹に当て話しかけていました。お腹の中にいる伊藤美誠選手に向かって話していたことは、卓球の試合実況。その声に反応してお腹を叩き返したそうで、生まれる前からすでに卓球選手同士でやりとりをしていたようなエピソードです。

 

実際に卓球のラケットを持ったのは、2歳の時。卓球をしていた両親を見て「自分もやりたい」と話したことに喜んだ母が、伊藤美誠選手用のラケットを買いました。おもちゃではなく、本物の卓球ラケットです。驚くことにまだ何も教えていないのに初めて握った時からボールをしっかり返し、ラリーが成り立ったそうです。

 

その様子を見て”娘に卓球の資質がある”と確信した母。「こんなことやってる場合じゃない」と実業団を辞め、自身の選手活動にピリオドを打ち娘の育成に全てを捧ぐ決意をしたのです。ここから母娘に芽生えたのは「卓球で世界チャンピオンになる」という夢。伊藤美誠選手が4歳になると2000万円のローンで家を買い、自宅リビングに卓球練習場を作りました。

 

4歳から12歳まで母がコーチとして練習を積んできました。まだ幼いながらも深夜までの練習。ちなみに伊藤家では、”練習”という呼び名ではなく”訓練”と呼んでいたそうです。4歳になると水谷隼選手の父の指導を受けるため、豊田町卓球スポーツ少年団に入団。もちろん母との訓練も併用しながらのことでした。これがきっかけで水谷隼選手と幼馴染になりました。

 

幼稚園に行く前の訓練、帰宅後の訓練、これにプラスされる水谷隼選手の父の指導。ボール出しをする母に「しんどい?」と聞かれ、涙目になりながらも決して練習をやめませんでした。続けてきたのは平日4時間以上、休日6時間以上の訓練ノルマ。量だけでもかなり強靭なメンタルが身につきそうですが、母と水谷隼選手の父、2人の指導者も素晴らしいので質も高いものです。

 

過酷な環境ですが”卓球チャンピオンを本気で志したい”という人にとって、伊藤美誠選手のDNAはもちろん、羨ましく感じる環境であることは間違いありません。深夜になるとあくびも出てくるのが生理現象で、幼い伊藤美誠選手にとっては尚更です。しかしあくびをすると母に怒られていたそうで、わざわざトイレに行ってあくびをしていたそうです。

 

寝ている間でさえ「中国を倒せるのは、あなたしかいない」と囁かれていたといいます。母が伊藤美誠選手の潜在意識に語りかけていたのです。娘がお腹にいる頃から行ってきた育成方法が、偉大な選手へと娘を成長させていくのです。

 

卓球選手をサポートした中で感じるのが、幼少期から卓球に携わっている選手ほど日本を代表する選手になっていることです。ゴルフのタイガーウッズや水泳の萩野公介さんなどにも通じますが、数多くボールを打ち続ける経験が一流へと上り詰める典型的な競技なのかもしれません。そのためにも、1日の練習時間が非常に長いのです。私も野球をやっていて朝から晩まで取り組んでいましたが、卓球はもっと長いです。ずっとボールを打ちづけているので練習を耐え抜く身体だけではなく、集中力やメンタルが必要だと思うのです。そういった下地は幼少期の練習でしか養えない特別なギフトなのかもしれません。

 

母との夢を達成した”神メンタル”

4歳で全日本卓球選手権バンビの部に初出場し、小学校4年生の時にカブの部で初優勝を果たした伊藤美誠選手。10歳2ヶ月で出場した全日本卓球選手権でも初優勝を飾り、福原愛選手が保持していた史上最年少勝利記録を塗り変えました。

 

10歳11ヶ月で出場したジュニアサーキット・チャイニーズタイペイオープンでは、この年のインターハイ優勝者を破り、ジュニアシングルスで初優勝。カデットシングルス、カデット団体でも優勝しこの大会3冠を達成し、1分間のラリー回数180回というギネス記録まで樹立しました。

 

小学校6年生の時の作文に「オリンピックに出場して、2020年(20歳)で団体優勝、個人戦でも優勝したい」と書いた伊藤美誠選手。強豪校への進学を決意すると2000万円かけて立てた卓球場リビングの家を売って大阪へ移住しました。中高一貫校である名門、昇陽中学と高校に入学するためでした。

 

大人も混じる全日本選手権の女子シングルで3位に入り、世界選手権でも決勝戦に進出できるほど成長していきます。リオデジャネイロオリンピック女子団体では、シンガポールに勝利し、初出場で銅メダルを獲得。東京オリンピックでは、女子シングルスで銅メダル、女子団体で銀メダル、混合ダブルスでは金メダルに輝き、この大会でトリプルメダリストとなりました。

 

多くの世界大会で優勝を重ねていく伊藤美誠選手。小学生の時に、メンタルの専門家である大学教授に見てもらいに行ったことがあるそうです。「この子どうでしょうか?」と母が心配して聞くと、日々の訓練で疲労があったためなのか、教授を前に爆睡し始めたのです。それを見た教授は「この子?必要ありませんよ。(ここで)寝るということは”私はあなたを必要としていません”ということ。子供心にそれがわかっているんです。素晴らしい子育てをされましたね」と言われた母は、安堵しました。

 

しかし、意外にもメンタルトレーニングが必要なのは、母の方だとも言われてしまったのです。理由は「なぜなら僕にアポをとって会いにきた人は、今までいないから」とのことでした。幼い頃からスパルタ訓練を受けてきた幼いながらに伊藤美誠選手は、”神メンタル”の持ち主となったのです。

 

アスリートの親御さんからメンタルコーチングの依頼を受けることがあります。その際にハッキリとお伝えしているのが「お子さんに受講意思がありますか?」です。受けたいと思っていない中で来ても、伊藤選手のように興味関心が湧きません。興味を持ってもらうことはこちらとしてはいくらでも出来ます。しかし、それはプロとして如何なものかと思うのです。それ以上に、親御さんに対してのサポートは重要だと思っています。決して、メンタルトレーニングを受けるようなことを伝えたいのではなく、メンタルに対する知識や同じような悩みを抱える親御さん同士のコミュニティーを通じて少しでも日々の不安やストレスを解消することが巡り巡ってお子さんの為になると私は考えています。

 

緊張より”楽しいが最初にくる”

14歳の時に出場した世界卓球、ロンドンオリンピック金メダリストの李暁霞(りぎょうか)選手と対戦した伊藤美誠選手。敗れたものの自身の名を世界中にアピールできた一戦となりました。

 

初出場となった大きな世界大会、対戦相手はオリンピックの金メダリストでありながら”ほぼ何も(緊張など)感じず戦えたそうです。「感情が”無(む)”だった。この精神力凄いなと自分でも思ったくらいです。」と話した伊藤美誠選手。精神的に追い込まれたのは世界女王の方と思えるほどの険しい顔つきでした。それほど世界チャンピオンをメンタルで圧倒していた一戦だったのです。

 

そして伊藤美誠選手が印象に残ってるもう一試合は、18歳の時に出場した世界卓球、中国との団体戦、劉詩?(りゅうしぶん)選手との対戦。日本人相手に37連勝していた強敵だったからです。彼女を破ったことで世界で飛躍するキッカケになりました。ここでも「緊張はない」と笑顔で答えました。「緊張というか、楽しいが最初にくる」いつもより違う緊張も楽しいという気持ちに変わることで卓球だけに集中できるのです。驚くほどのメンタルの強さです。

 

さらに緊張を顔に出さない相手との対戦でも「(相手の選手が)緊張してるんでしょ?」と自分に言い聞かせ自身のメンタルを有意に持って行きました。4連続ポイントを獲得し逆転勝利した伊藤美誠選手の目には、涙が浮かんでいました。この一戦で自信がつき、中国人選手に勝つ機会が増えていったのです。

 

小学生の時に「(メンタルトレーニング)必要ありませんよ」と専門の大学教授から診断されたことがある伊藤美誠選手。しかし、世界の大きな舞台で強敵を相手にしていくことで彼女のメンタルは、日々さらなる進化を続けているのです。

 

今回は、伊藤美誠選手についてお話しました。”緊張より楽しい”という気持ちは、強靭なメンタルからくるものです。多くの方が緊張を悪いものだと決めつけることがあります。しかし、実際は緊張がないと私たちの身体的なパフォーマンスが発揮されないことがわかっています。ある程度の緊張は必要なことなのです。一方で、緊張しすぎている過緊張は避けなくてはいけません。

科学的にわかっていることとして、心拍数が150を超えると理解、判断、論理などの認知機能が大きく低下することがわかっています。最先端の道具が増えていることもあり、緊張していると感じた時に是非とも心拍数を計測してみてください。自分自身が良い緊張なのか、悪い緊張なのかを客観的に教えてくれます。

また、良い緊張であれば、それはワクワクであったり伊藤選手のように楽しいという気持ちでもあります。私たちの脳は思い込みやすい性質を持っており、心臓バクバク=緊張と捉えることもできれば、ワクワクと捉えることもできます。そういった意味では心臓バクバク=楽しいと思えるように意識してもらえると緊張と仲間になれるかと思います。これを認知的再評価(リアプレイザル)と言います。よければこちらの記事もご覧ください。最後までお読みいただきありがとうございました。

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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