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語学で学んだのは”一つではない答え”、川島永嗣選手

今回は、日本代表の守護神である川島永嗣選手についてお話しします。

 

何カ国もの言語を話せることでも知られていますが、海外でどのような経験をしてきたのか、そしてゴールキーパーとして感じている独特な感性や思いにスポットを当てていきます。

 

目次

  • 川島永嗣選手が持つ”キーパーとしての素質”

  • ”答えは一つではないこと”を学んだイタリア留学

  • ”意思の明確化”が成功の秘訣

 

川島永嗣選手が持つ”キーパーとしての素質”

埼玉県出身で幼少期は、野球が大好きだったという川島永嗣選手。地元の埼玉西武ライオンズ、東京ヤクルトスワローズ、阪神タイガースの3チームが特に好きだったそうで、ポジションは、キャッチャーでした。

 

そのためサッカーを始めた小学校2年生の頃には、まだ野球も続けていたと言います。サッカーを始めた頃からゴールキーパーになりたかったのは、アルゼンチンのセルビオ・ゴイコチェア氏に憧れていたからだそうです。

 

野球でもサッカーでもボールをキャッチすることに魅力を感じたのでしょうか。三人兄弟の末っ子である川島永嗣選手。お兄さんは183センチ、お姉さんも173センチ、自身も185センチと体が大きい三兄弟。中学生と試合した時には、小学校の頃から大きかったその体で話題だったそうです。

 

中学から本格的にゴールキーパーのポジションに着くとすぐにその頭角を表しました。地区、そして県の選抜メンバーへと順調に昇格。学生の時は、学級委員を勤めていて統率力もそのころに身についたのでしょう。

 

高校時代には、選手権、国体、高校総体の3大全国大会すべてに出場した川島永嗣選手。卒業すると大宮アルディージャへ入団し、名古屋グランパス、川崎フロンターレと移籍し、2007年からは日本代表のゴールキーパーに選ばれ、その名が知られるようになりました。

 

そんな川島永嗣選手は、海外クラブに移籍する前から外国語を勉強していました。英語、イタリア語、ポルトガル語。これに加えスペイン語も日常会話レベルで話せるようになり、さらにオランダ語、フランス語も勉強しました。「コツは映画、日記、とにかく喋ること」の3つ。語学習得に関する本まで出版しているほどです。

 

日本語と韓国語は文法が近く、英語と中国語の文法は近いと言われていますが、もちろんこれだけの言語を話せるようになるには、かなりの努力が必要だったことでしょう。「キーパーは、喋れないと難しい。ディフェンスに指示を出さないといけないし、自分も主張できるようにならないといけないため」と語学の重要性を話した川島永嗣選手。

 

サッカーでは”後ろの声は神の声”という言葉があります。全体を冷静に見回せることができるキーパーは、ピッチ上でとても重要なのです。逆を言えば、キーパーがその責務を果たせないないチームには、かなりの損害があると言っても過言ではないのかもしれません。

 

ブラジルのネイマール選手のPK阻止したことでも知られる技術はもちろん、指示を出せる性格、語学力とまさに必要とされる”キーパーとしての素質”を全て兼ね揃えていることが、川島永嗣選手の魅力なのです。

 

一般的には語学の勉強をせずに海外に行って困って帰ってくるサッカー選手が多いと聞きます。川島選手はGKというポジションであることもあり、予測能力が長けているのでしょう。

 

メンタルでも同じことが言えます。目の前のことを一心不乱に取り組むこと、目の前に集中することも大事です。しかし、未来をどのように描くかで私たちの今すべきこと、行動は一瞬に変化していきます。

 

見据える先をどこに設定するか?お手本になる話ではないかと思います。

 

 

”答えは一つではないこと”を学んだイタリア留学

文武両道を貫いた高校時代、卒業後にプロになる道を選んだ川島永嗣選手。大学4年間の18?22歳は、誰がどのように生きるにしても成長するために最も重要な時期です。キーパーとしても「土の上と芝生の上でプレーするのかで伸び代が変わる」と考えました。

 

「ゴールキーパーのコーチがいること」もプロの道を選んだ理由だそうです。たくさんの言語を操ることができる川島永嗣選手。しかし、イタリア留学で学んだのは「日本で当たり前だと思っていたことが当たり前ではないこと」でした。

 

吉田麻也選手もコーラやお菓子を食べないようにしていたそうですが、川島永嗣選手も同じように食事も水分補給も「これをやらないと上には行けないんだ」という感覚が強かったそうです。そのためイタリア人が、クロワッサンとカプチーノで朝食を済ましていることに「栄養は取らなくて良いのか?」と思ったと言います。

 

もちろん日本人とイタリア人の食生活の文化や体の作りの違いなどはあるので、みんながパンとコーヒーで良いというわけではないです。ただその国にいて文化や感覚をより深く理解しようと思えば、やはり言葉が話せるようになる必要があります。

 

「一つではない考え方や文化に触れることで自分の答えや考え方が広がる」と感じ、留学から帰国するとまず本屋にいったそうです。イタリア語はもちろん、必要だと思ったポルトガル語、スペイン語、英語の本。毎朝30分の時間を作って勉強しましたが、もちろんそう簡単に話せるようになったわけではありませんでした。

 

当時チームにいたブラジル人選手にも意識して話しかけました。ある時、ディフェンスだった彼に「右」と日本語で伝えると右に行かなかったため簡単にゴールを奪われてしまったことがあったそうです。その時に彼から「日本語は難しい」と言い訳をされたことが頭にきて「もう言い訳させないぞ」と必死にポルトガル語を勉強したという川島永嗣選手。

 

それがきっかけで、具体的に指示が出せるようになったと言います。川島永嗣選手のアスリートとしてのメンタルの強さが生きたのです。やはりこのような転機には、メンタル的なものが必ず影響してくるのでしょう。

 

結果が出ない理由を他人のせいにするのは簡単です。しかし、それでは自分の成長には繋がりません。川島選手の良いところは、全ての責任を自分に矢印を向けているところです。

 

行きすぎると鬱になりそうですが、多くの選手の模範となる選手の代表でもある川島選手のメンタルの代表例と言っても過言ではないと思います。

 

 

”意思の明確化”が成功の秘訣

言葉を「ちょっとだけ話せるくらいでも相手は興味を持って受け入れてくれる」とベルギーに移籍したときに感じたそうです。言葉がわからなければ、何か言われた時に不安になるものですが、もしその国の言葉を話せるようになれば、不安を感じずに済みます。だから、プレーだけに集中できるようになるのです。

 

もちろん語学は、あらゆる場面で必ず役立つものです。外国語を話せるようになれば日本の良さを伝えたりその人の世界観が広がります。本を読むことも同じなので、今まで「一つだと思っていた答え」が本を読むことで自分の世界が広がるのです。

 

川島永嗣選手が考える成長するためのコツや秘訣は「自分がどうなりたいか、何をしたいかを明確にすることだ」と言います。その気持ちが自分自身を突き動かします。例えば語学にしても「話せるようになりたい」というきっかけは、それで良いのかもしれません。

 

しかし、単にそれだけだと挫折した時にそれ以上前に進めなくなりそうですが「英語が話せたらかっこいいな」という気持ちプラス「自分もこうなりたい」「ゴールキーパーとして世界で活躍したい」とさらなる気持ちがあることで簡単に諦めなくなります。常に目的を明確にすることが大事なのです。

 

もちろん最後まで目標を達成するまでには、メンタルが必要となってくるでしょう。アスリート以外でも「英語を話したい」という人に、川島永嗣選手の”成功の秘訣”を知ってもらいたいものです。

 

今回は、日本代表のゴールキーパー川島永嗣選手についてお話ししました。たくさんの言語を話せるようになり、異国のチームで数多くの有名選手たちと対峙してきた経験豊富な日本の守護神。持ち前のメンタルの強さで、スーパーセーブを見せてくれるのでしょうか。ご活躍を期待しています。

 

 

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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