毎週のように、全国各地、あるいは世界中で、色々な競技の「必ず勝たなければならない重要となる試合」が行われています。
プロ野球であれば、日本シリーズやクライマックスシリーズ、そして国を背負うWBCなどの国際大会があります。サッカーであれば、熾烈な残留争いや優勝がかかるリーグ戦の最終節、カップ戦の決勝など、ワンプレーが運命を分ける瞬間の連続です。
他の競技に目を向けても、インターハイなどの全国大会、選抜大会、柔道の講道館杯、各種目の全日本選手権や日本選手権など、それぞれの舞台で頂点を決める戦いがあります。日本一を決める大会名も競技によって多種多様であり、時にその呼称の多さに困惑することすら、様々な競技のアスリートと関わるこの仕事の醍醐味かもしれません。
さて、私はそんな「日本一」や「世界一」を目指すアスリートたちをサポートし続けて13年になります。これまで、数々の選手が限界を超え、見事に日本一の称号を手にする瞬間を共にしてきました。歓喜の涙を流し、これまでの努力が報われた最高の笑顔を数え切れないほど見てきました。
しかし、その一方で、光の当たる場所のすぐ裏側にある現実も、同じくらい数多く目の当たりにしてきました。日本一をあと一歩のところで逃したケース、怪我や不調で実力を出し切れなかったケースなど、残酷な結果に直面した選手たちです。
その度に、ロッカールームや控え室で、言葉にならない溢れるばかりの想いを共に流してきました。そして、その悔しすぎる想いを胸に秘め、泥臭く這い上がり、見事にリベンジを果たしてきた強靭な選手たちを何人も見てきたのです。
だからこそ、スポーツの第一線で戦うアスリートの皆さんに、私が強く伝えたいことがあります。
それは、『心が折れるほどの敗戦をしたからといって、無理に切り替えを早くする必要は全くない』ということです。
【コラムの著者】鈴木颯人

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会 代表理事
慶應義塾大学健康情報コンソーシアム 会員
メンタルトレーニング推進国会議員連盟 所属
プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら
【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから
【著書】
・弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉(三五館シンシャ)
・一流をめざすメンタル術(三五館シンシャ)
・モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術(KADOKAWA)
・最高のリーダーは「命令なし」で人を動かす(KADOKAWA)
・メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法(KADOKAWA)
・親が変われば子どもが変わる(三五館シンシャ)
・うちの子のやる気スイッチを押す方法教えてください(かんき出版)
・アスリートの心を磨く言葉と魂を揺さぶる絶景(PIE International) 他多数

心が折れる敗戦直後、すぐにポジティブになる必要はない
大きな大会が終わった後、よく「気持ちを切り替えて次に向かおう」「前を向いてポジティブにいこう」という言葉が飛び交います。もちろん、最終的には前を向く必要がありますが、私はすぐにそれを求めることはしません。
負けたという事実に対して、どっぷりとその感情に浸れるだけ浸ること。その悔しい気持ち、絶望感、後悔の念、そして「あの時、もっとああしておけばよかった…」と何度も振り返り、自分を責めてしまうような気持ち。これらを心底味わい尽くす時間は、実はアスリートのキャリアにおいて非常に尊いものだと考えています。
なぜなら、そこまで深い絶望や悲しみを感じられるということは、それだけあなたがその競技に対して、そしてその試合に対して、自分の人生を懸けて本気で挑んできたという「強い想いの表れ」に他ならないからです。
本気になれるものがあり、すべてを犠牲にして努力してきたからこそ、結果が出なかった時に立ち上がれなくなるのです。中途半端な気持ちでやっていたなら、そこまでのダメージは受けません。だからこそ、無理をしてまで作り笑いを浮かべたり、ポジティブな言葉を口にして自分をごまかして欲しいとは思わないのです。
感情を抑圧することの心理学的リスク
この「無理に切り替えない方がいい」という私のアプローチには、確かな心理学的な理由があります。
大きな負けを経験した際、人間の心は深い喪失感を抱きます。これは心理学の領域で「グリーフ(悲嘆)」と呼ばれる状態に非常に近いものです。大切なものを失った時、人はショック、否定、怒り、抑うつといったプロセスを経て、最終的に受容へと向かいます。これを「悲哀の仕事」と呼びます。
この自然な心の回復プロセスを無視して、「ネガティブになってはいけない」と自分の本当の感情に蓋をしてしまうことを、心理学では「感情の抑圧(エモーショナル・サプレッション)」と呼びます。感情を抑圧し、無理にポジティブに振る舞おうとすると、心の中にある「本当は悔しくて悲しい」という現実と、「前向きでいなければならない」という理想の間に強烈な矛盾が生じます。これが「認知不協和」を引き起こし、アスリートの脳と心に過度なストレスを与え続けることになるのです。
未消化のネガティブな感情は、決して消えてなくなるわけではありません。心の奥底に蓄積され、やがて「大事な場面での原因不明の不安感」や、極端な場合には「イップス」や「燃え尽き症候群(バーンアウト)」といった形で、パフォーマンスに深刻な悪影響を及ぼすリスクを持っています。
だからこそ、ネガティブな感情を「悪いもの」として排除するのではなく、あるがままに受け入れる「自己受容」のプロセスが不可欠なのです。悲しい時は思い切り悲しみ、悔しい時は思い切り泣く。心理学的に見ても、感情を一度しっかり吐き出し、味わい尽くすこと(カタルシス効果)が、真の意味でのメンタルの回復と、次へのレジリエンス(精神的回復力)を高める最短ルートなのです。
スポーツメンタルコーチとしての私のスタンス
このような理由から、仮に目の前でアスリートが深く落ち込んで立ち上がれない状態であっても、私は無理して励ますようなことはしません。「君なら次はできるよ」「この経験には意味があるよ」といった、その場しのぎのポジティブな言葉や、気休めになるような言葉も一切かけません。心が完全に傷ついている状態では、どんな前向きな言葉もノイズになり、かえって孤独感を深めてしまうことを知っているからです。
私が強いて言葉を発するとすれば、ただ一つだけです。
「〇〇は、本当によく頑張ったんだよ」
その選手のこれまでの血の滲むような努力、犠牲にしてきた時間、抱えてきたプレッシャー。そのすべてを否定せず、ただありのままに受け止め、承認することだけを伝えます。心理的安全性が確保された場所で、自分の本音と向き合うことが、回復の第一歩になるからです。
ドン底を味わい尽くせば、あとは上がるだけ
焦る必要はありません。まずは傷ついた心と体をゆっくり休め、感情の波が穏やかに落ち着いてくるのを待ってください。
感情が落ち着き、「また競技に向き合おうかな」という小さな火種が心の中に自然と灯り始めてから、次の1年、そして今後の道のりをどう歩んでいくかを一緒に考えればいいのです。
だからこそ、敗戦した時こそ、その痛烈な負けを心の底から味わって欲しいのです。思い切りドン底まで落ちて、その悔しさや絶望という感情を味わい尽くせれば、あとはもう上がっていくだけですからね。
その底で感じた真っ暗な感情は、必ずあなたが次に進むための、誰にも奪えない強烈なエネルギーに変わります。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました^^




