”人との絆”から得たメンタル、球界屈指の弟キャラ宮城大弥選手
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”26年ぶり日本一”へと導いた宮城大弥選手
沖縄県宜野湾市出身の宮城大弥選手。小学校入学時に野球を始めたと言う選手が多いなか、4歳の時に少年野球チームに入団しました。中学生になるとアジア選手権で準優勝を果たすほどに成長しました。U15の侍ジャパンのメンバーに選ばれ、硬式野球沖縄選抜でもエースとして大活躍しました。
神村学園や秀岳館、東海大菅生高校など多くの野球名門校から推薦の話を受けたそうですが、進学先に選んだのは地元沖縄の興南高校でした。「地元の高校から甲子園に出場してほしい」という父の願いがあったからでした。
入学後すぐにベンチ入りし、1年目の夏には父の願いを見事に叶え、甲子園出場を果たしました。2年目にも甲子園出場しましたが、3年連続での達成はなりませんでした。しかし、U18の侍ジャパンにも選出され防御率1.04、野手としても8打数3安打の記録を残しました。
しかし、ドラフトでプロ野球から声が掛かるのは直近である3年目に甲子園出場することが有利であったため夢を叶えることに少し弱気になっていました。
しかし、ダルビッシュ有選手からも「興南の宮城いいわ。投げ方、球筋、総合的に好きすぎる」とSNS上で評価されたことで希望を持てたそうです。その結果、プロ野球ドラフト会議でオリックスバッファローズから1位指名を受けました。
ルーキーイヤーにウエスタンリーグの最多勝を獲得し、2年目には開幕ローテーション入りを果たしました。甲子園を沸かせたPL学園出身で元巨人で活躍された桑田真澄氏以来、34年ぶりの快挙となる”12球団最速となる10勝目”をマークしました。
球団史上初となる”開幕から西武戦6戦6勝”という記録も達成し、チーム25年ぶりとなるリーグ優勝そしてパ・リーグ新人賞を獲得も獲得しました。3年目には、プロ初の完封勝利を挙げ、リーグ優勝そしてチームを26年ぶりとなる日本一へと導いたのです。
”野球ができるありがたさ”がメンタル源
”一生百練”が座右の銘だという宮城大弥選手。”日々練習を繰り返すことで少しづつ強くなっていく”ことを意味します。交通事故に遭った宮城大弥選手の父は、左腕に障害が残ってしまい定職につくこともできませんでした。そして両親と兄3人姉3人妹が1人、10人の大家族。6畳一間のアパートで電気代を払えずロウソクで過ごすこともあり、ガス代もままならなかったのでポットで沸かしたお湯で体を拭くだけということもあったそうです。
そんな厳しい生活の中でも唯一続けたのが野球でした。手に入れた人生初のグローブは、700円のビニール製のオモチャでしたが、それを宝物のように大切に握りしめて眠りました。
ユニフォームはつぎはぎだらけでチームメイトからお下がりをもらったり、吐き込んだスパイクはガムテープを巻いていたのでバカにされることもありました。苦しい中から家族が工面して支払った遠征費も「どこから盗んできたんだ」と泥棒扱いされたり、逆境のなかでも活躍する宮城大弥選手に嫉妬したチームメイトからのイジメに遭いました。
「このままでいいのか」と尋ねた父に「野球ができるならこのままでいい」と答えたと言います。普通の子は家に帰ったら何でもあって欲しいものもある程度なら買ってもらえる世の中になったのかもしれません。しかし、”求めるものがなくてもあるもので我慢、辛抱強く弱音を吐かない生活の中で強いメンタルを培ってきました。
小中学校のチームメイトは「どんなに大雨が降っても自宅から5キロほど先のグラウンドまで走って通っていた」と話しました。興南高校時代の恩師である我喜屋優監督も「厳しい練習でも練習中に愚痴を言ったり不満げな表情を見せたことは全くなかった」と高く評価しています。
「私が大弥選手の立場だったら家出してますよ」と父が話すほどの厳しい環境のなかで続けた野球。プロ契約で得た8000万円の契約金のうち約2000万円を出身小中学校や野球チームなど沖縄県自治体に寄付しました。
さらに”一般社団法人、宮城大弥基金”も設立し、経済的な理由でスポーツを断念しなければならない小中学校、高校生アスリートを支援しています。”境遇や生活環境のため夢を諦める子供を支えたい”そんな優しさが宮城大弥選手の魅力なのです。
家族から学んだのは”お金で買えない人との絆”
弾けんばかりの輝かしい笑顔がトレードマークの宮城大弥選手。小学生の頃にグローブのかたさを何とかしてあげたいと考えた父が電子レンジに入れて温めましたが、ビニール製だったため溶けてしまったことがありました。買ってもらった当時は、抱いたまま眠ってしまうほど大切なものでした。それでも父を責めることもなく涙ながらも「お父さんグローブが溶ける魔法だね」と気遣う優しさを見せました。幼い頃から家族思いでとても優しい性格でした。
十分に働けない父の分も働き、子沢山8人兄弟の面倒を見ながらキャッチボールやランニングに付き合ってくれた母。大家族のため食費もかかり、具のないルーのみのカレーライスが出されることもしばしばでした。「こんなものでごめんね」と謝る母に「ノーフードカレーだね」と笑って答え、家族を明るく包み込んだのだそうです。
今でもビデオ通話するほど仲良しだと言います。貧しい生活のなかで学んだ大切なものは、決して”お金では買えない人との絆”でした。貧しくていじめられていた少年野球チーム時代「悪くいうチームメイトも許してあげろ。チームメイトに代わりない。お前が投げている時にバックを守ってくれるのだから」と父から言われたこの言葉が根底にあるのが宮城大弥選手です。今でもチームメイトやその他の友人をとても大事に思っています。辛さや苦労から得た優しさなどを全て自身の魅力にしているのです。
”分け隔てなく色々な人とコミュニケーション”が取れる力
WBCのチームでチームの繋ぎ役となったのが宮城大弥選手。短期間でチームの結束力を高める必要がありました。特に高校時代、SNS上で名指しで褒められたダルビッシュ有選手との絆は深いもの。同学年で仲の良い佐々木朗希選手と共に球種などを教わりました。また他チームの投手である高橋奎二選手や今永昇太選手、野手である山川穂高選手などとも合宿1クールにしてすでに打ち解けました。
気がつけば全ての選手とも笑顔で話すほどの仲になり、チーム全員の繋ぎ役になるほどのコミュニーケーション能力を発揮。2年連続2桁勝利を挙げる野球での実力にプラスされ、圧倒的なコミュニケーション能力を持つ宮城大弥選手がいたからこそWBC優勝を達成することができたと言っても過言ではありません。分け隔てなく色々な人とコミュニケーションが取れる力。チームプレーである野球という競技においてとても重要なものなのです。
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