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”楽しんでやろう”という気持ちで進み続ける守護神、西川周作選手

史上最年少でのJ1通算500試合、J1史上2人目となる200試合連続フル出場を達成した西川周作選手。GKとしてMVPを受賞、歴代2位タイのJ1通算無失点試合数163を記録するなど数多くの記録を残してきた経験のなかで培ってきたメンタルは、強固なものです。今回は、Jリーグそして日本代表でも守護神として活躍してきたGK西川周作選手についてお話します。

スポーツメンタルコーチ

目次

  • ”GKとしてMVP受賞”した西川周作選手

  • キッカーに志願したメンタル

  • ”楽しんでやろう”という気持ち

 

”GKとしてMVP受賞”した西川周作選手

大分県宇佐市出身の西川周作選手がサッカーを始めたのは、小学校3年生の時。4年生の時に練習試合でチームの正ゴールキーパーが欠場し、監督からゴールキーパーに指名されたことがきっかけでその才能を開花させました。高校進学時に監督やコーチから誘いを受け、大分トリニータのU18に入団することが決まりました。

 

チームの練習場である大分市から宇佐市まで距離があったことに伴い、大分東明高校に入学と共に寮生活を送ります。高校3年生の時、18歳以下でありながらJリーグの公式戦に出場が認められる2種登録選手として大分トリニータのトップチームに昇格。その後、ほぼ全試合に出場し高卒1年目から正ゴールキーパーとして定着していきます。

 

しかし昇格2年目に左膝の靭帯損傷の怪我で全治3ヶ月の重傷を負った西川選手。復活を遂げ怪我なくシーズンを過ごし、自身初となる全試合フル出場を果たしたもののチームの財政状況から移籍を余儀なくされます。いくつかのオファーから選んだ新天地はサンフレッチェ広島。

 

加入後は、正ゴールキーパーとして出場し、自身4年連続全試合出場を果たしました。西川周作選手が大貢献し、サンフレッチェ広島はリーグ優勝。自身初のJリーグベストイレブンにも選出されました。その翌年にもリーグ最少となる29失点に抑え、チームのリーグ2連覇に大貢献。その後、浦和レッズに移籍後もすぐ正ゴールキーパーの座に定着します。

 

Jリーグ記録を塗り替える7試合連続無失点を達成すると、月間MVPにも選ばれました。自身初となるJリーグフェアプレー個人賞や3年連続でJリーグベストイレブンに選ばれるなど3チームを渡り歩いた西川周作選手は、順調に功績を積み重ねていきました。GKとしてMVPを受賞、歴代2位タイのJ1通算無失点試合数163を記録。日本代表で活躍した偉大な先輩で幼少期から憧れていたという楢崎正剛氏に並んだ経験も活かし、183センチ81キロの恵まれた体格を武器にGKとしてさらに躍進していくことでしょう。

 

キッカーに志願したチームを想うメンタル

120分で決着がつかない場合に行われるPK戦。GKは、相手のキッカーがどの方向にどのようなボールでゴールを狙ってくるのかを予測し、阻止することに神経を集中させなくてはなりません。AFCチャンピオンズリーグにてFCソウルと対戦した際に、珍しい志願をしたことで注目された西川周作選手。

 

延長後半のタイムアップの笛が鳴り響き、ベンチ前でミーティングが行われました。自主性を重んじるミハイロ・ペドロヴィッチ監督は、選手からの志願を募ると3人目までは決まったキッカーが、その後なかなか決まらなかったそうです。120分の死闘を終えたばかりの選手たちが、勝敗を左右する4、5人目のキッカーになるのは勇気と精神力が必要となります。

 

そんななかGKとして珍しく「僕は4人目でも5人目でも大丈夫」とキッカーに名乗り出た西川周作選手。5人目のキッカーとなり、成功すれば勝利が確定するプレッシャーのかかる一本となりました。恐怖心に負けずペナルティースポットに向かったメンタルは、並大抵のものではありません。

 

残念ながら西川周作選手の蹴ったボールは、相手GKにセーブされPK失敗。「理想はもう少し上だったけど軸足がしっかり踏み込めずに高さが出なかった」とこのキックのことを振り返っています。最終的に5人で決まらず8人目までもつれる接戦で惜しくも敗れました。GKとしても枠外に外れた3本以外、1本もセーブすることができませんでした。

 

「自分が外したから、止められなかったから負けてしまったと言われると思う」と話した西川周作選手は「もう少しチームのために仕事をしたかった」と後悔するのではなく冷静に振り返りました。常にポジティブ思考の持ち主であり、起こったことは受け止めながら持ち前の芯のブレない強いメンタルで前に進んでいくタイプなのです。

 

ミスをした試合直後のインタビューでは、言葉をあまり話さない選手も多いのですが、しっかりと応じた西川周作選手。冷静に振り返りどのような判断でプレーをした結果、どこにミスが発生したしたのか。そこから学べることは何なのかまで明確に言葉にできる選手です。”失敗から学ぶ”という言葉が口癖だという西川周作選手。FCソウルとのPK戦のようにリスクを背負うプレーでミスが起こったとしても、そのミスから学ぶものを探します。

 

そうすることでプレーの幅をどんどん広げていくことができます。もちろん自らキッカーに志願しなければ、キックをセーブされるミスは発生しませんでした。GKの役割だけに専念することもでき、勝敗が変わっていた可能性もあります。GKというポジションからキッカーに名乗り出なくても文句をいう人は誰もいないはずです。

 

しかし、全てを背負い込み、自ら志願した西川周作選手。成功すると信じて前向きにやった結果が、この時はたまたま失敗の方向に向いただけです。高校時代の寮生活など、きっとこれまでも自分を厳しい状況に追い込む道を選択してきたことで強靭なメンタルを手に入れてきたのでしょう。

 

”楽しんでやろう”という気持ち

普段GKをやっていても、ミスをしたらとは全く考えないという西川周作選手。全てを前向きにイメージしてプレーすることを心掛け、大切にしているそうです。「やるからには思い切ってやろう、楽しんでやろうという気持ちだけ」と話しました。活躍次第でチームの勝敗を左右することもあり、その分プレッシャーも強くかかるGK。

 

「迷ったら立ち止まったりするのではなく”一歩でも前へ踏み出す」と話す西川周作選手は、決して前へ進むことを恐れないのです。その先に待っているのは成功だけではありませんが、どちらにしてもその結果を受け止めることで成長してきました。

 

ミスでの失点や負けた試合では、特に学べるものがたくさんあります。「落ち込むよりも、反省しながら前に進んで行きたい。結果を出すことでもっと強くなりたい」と話しました。「試合の流れを変えられる素晴らしいポジション」とGKについての魅力を話す西川周作選手。一歩踏み出す限り、これからも成長し続けるのでしょう。

 

今回は、GK西川周作選手についてお話しました。試合中大きなゴールマウスを守り、他のプレーヤーにも指示を出すことも多い重要なポジション。PK戦になると自らにかかってくるプレッシャーは、さらに計り知れないものです。しかし、西川周作選手は”楽しんでやろう”という気持ちや”一歩でも前へ踏み出す”その姿勢で常に戦ってきました。世界では40歳を超えても第一線でプレーするGKが増えてきています。ポジティブでメンタルの強い西川周作選手、今後の活躍も楽しみにしています。

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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