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プロ意識を賞賛されたスマイルシンデレラ、渋野日向子選手

42年ぶりに全英女子を制覇し、歴史的快挙を達成した渋野日向子選手。「いつも笑顔でいること」が母の教えだったそうで、その眩しい笑顔から”スマイル シンデレラ”と称されました。中学時代に県大会で3連覇を果たした才能の持ち主。プロテストに合格後も快進撃を続けています。今回は、プロゴルファー渋野日向子選手についてお話します。

目次

  • ”42年ぶりのメジャー制覇”を達成した渋野日向子選手

  • ポジティブスマイルで”ちきらない”メンタル

  • 世界から賞賛を受けた”スポーツマンシップ”

 

”42年ぶりのメジャー制覇”を達成した渋野日向子選手

陸上部に所属していた元アスリートの夫婦を両親に持ち、三人兄弟の次女として岡山県で生まれ育った渋野日向子選手。”太陽に向かって花を咲かせる向日葵(ひまわり)のように明るく育ってほしい”という願いから名付けられた名前の通り、素敵な笑顔で周りを明るくする性格の持ち主です。

 

父は円盤投げと砲丸投げで国体2位に入り、母もやり投げでインターハイ出場経験を持ちます。両親譲りの運動神経は、娘の渋野日向子選手に受け継がれました。ゴルフを始めたのは小学校2年生の夏休み。友達の父がインストラクターをしていたことがきっかけでした。ほぼ同じ時期には、地元のスポーツ少年団に所属しソフトボールも始めました。

 

ソフトボールではピッチャーを務め、バッティングはゴルフスイングとのバランスを考え左打ちにしていたそうです。ゴルフでは、岡山県ジュニアゴルフ選手権の小学校高学年女子の部で3位に入るほどの腕前に成長しました。今でも「ゴルフよりもソフトボールの方が好き」と話す渋野日向子選手は、中学に入学すると唯一の女子選手として軟式野球部に入部。

 

しかし、岡山県ジュニアゴルフ選手権の中学生女子の部で優勝したことで軟式野球部の監督から「ゴルフ1本にした方が良いのではないか」とアドバイスを受けました。ゴルフ1本に絞った渋野日向子選手は、2年生、3年生の時に出場した岡山県ジュニアゴルフ選手権でも優勝し、この県大会で3連覇を達成。

 

高校は体育コースもあり、クラブ活動が盛んな岡山県作陽高等学校に入学しゴルフに励みました。中国女子アマチュア選手権で優勝した渋野日向子選手は、2年生で出場した全国高等学校ゴルフ選手権大会の女子団体でも優勝。個人競技であるゴルフでもチームとして仲間と優勝できた喜びも味わいました。

 

高校卒業後はプロテストを受けますが、最終日まで進めずに悔しい思いを経験しました。翌年2度目のプロテストでは見事合格し、プロゴルファーとしての人生をスタート。翌年のワールドレディースサロンパスカップで初優勝を果たしました。2ヶ月後には、資生堂アネッサレディースで2勝、そしてその翌月のAIG全英女子オープンで女子メジャーを制覇。日本人として樋口久子氏以来となる42年ぶりの快挙を達成し、渋野日向子選手の向日葵のような笑顔が世界中に明るく輝いたのです。

 

競技を2つ掛け持ちする文化が日本にはなく、アメリカでは主流の考え方です。彼女がソフトボールをしていても素晴らしい選手になっていたかもしれません。このような偶発的な出来事でキャリアが決まることを偶発性理論とも言います。

 

全ては結果論だからこそどうにでも後から言えます。しかし、自分が選択した道が正解になるかは本人の類まれな努力というメンタルあってこその結果であることを私たちは忘れてはなりません。

 

ポジティブスマイルで”ちきらない”メンタル

迎えた最終ホール、外せばプレーオフという緊張の場面でも落ち着いて一打を決め、見事に優勝を果たすほど強いメンタルを持つ渋野日向子選手。ソフトボールとゴルフの二刀流として両親譲りの運動神経を小学校の時から発揮してきましたが、これほどまでにメンタルが強くなったのは意外にもごく最近だと言います。小学校低学年の頃は、何かあるとお腹が痛いと言いながら保健室でお世話になったそうです。

 

実際はお腹が弱いというわけでは無く、精神的なもので嫌なことがあるとすぐに泣いて保健室に行く癖がついていたほどメンタルが弱かったのです。小学校2年生から始めたゴルフでも上手に打てなかったらふてくされて泣いたり、思い通りにいかないと不機嫌になるほど気持ちは不安定。

 

しかし、ソフトボールでピッチャーを任せられた経験がきっかけで、徐々に意識が変わっていきました。「自分がストライクを取らないと試合が終わらない。踏ん張って投げ切れば0点に抑えられる場面を経験させてもらい、メンタル強化に繋がった」と話す渋野日向子選手。それでも中学生、高校生の頃は、少しのミスでも感情のコントロールが上手く出来ず肝心な場面で結果を出せずにいました。

 

そんな気持ちを変えた転機がプロテストに合格したことだったのです。初めてのプロテストは、不合格で試合中にもあまり笑顔がなかったことから「笑った顔が一番かわいいよ」と母に励まされた渋野日向子選手。その時”ポジティブスマイルでいこう”と心に決意すると2度目のプロテストでは見事に合格しました。

 

しかしテスト直前に起きた西日本豪雨で地元岡山を心配した渋野日向子選手は、本当はすぐにでも駆けつけたいという思いを抑えテストに臨みました。この2度目のプロテストでもメンタルがさらに強くなったのです。プロになることが決まった時に心に決めたのは”ちきらない”ということでした。英語で”Don’t be chicken(臆病になるな)”という意味の言葉。

 

そして活躍の場を世界に広げると「世界でも笑顔は共通だと思った。笑顔でやっていたり、努力をしていれば結果に繋がるんだと思った」と話した渋野日向子選手。またファンに”楽しんでもらうには自分も楽しんでやらないと”と感じたそうです。ゴルフは特にメンタルで大きく結果が左右される競技。結果は”気持ち次第で変わる”ものなのです。

 

世界から賞賛を受けた”スポーツマンシップ”

男女通じて日本人初となるメジャー2勝目がかかった試合で優勝争いをしていた渋野日向子選手。首位を走っていた南アフリカのアシュリー・ブハイ選手の打ったボールが惜しくも入らなかった一打をそばで見ていた渋野日向子選手は、膝を折って残念がりました。

 

共に優勝争いをしている相手が外したら”自分のチャンスだ”と逆に喜んでしまうような場面。しかしアシュリー・ブハイ選手側のチームのようなリアクションが動画で配信されると「全ての若手ゴルファーのお手本だ。渋野は最終ラウンドにもかかわらず、ブハイのパットが入ることを願った。彼女は真のスポーツウーマンだ」と世界から賞賛を受けたのでした。

 

そして優勝したアシュリー・ブハイ選手の夫を見つけた際にハグをして喜んでいた姿にも「厳しい戦いの後の素晴らしいスポーツマンシップだ。プロ意識を誇りに思う。ヒナコの笑顔は世界の宝だ」と話題をさらったのです。

 

「スポーツマンシップとは何か?」と聞かれた渋野日向子選手は「人として必要な気持ちですが、勝負の世界では自分を弱くする」と返しました。そして”相手のミスは期待しない”と考える理由を「私はスポーツマンシップを大事にしているし、相手の良いプレーには”自分も頑張らないと”と思わせてくれる」と答えました。

 

お互いに正々堂々と戦い、良いプレーは讃えあい、相手のミスを望まないし喜ばない、その上で勝ち負けを競うことが、世界から賞賛を受けた渋野日向子選手が考えるスポーツマンシップなのです。

 

今回は、渋野日向子選手についてお話しました。スポーツ選手だった両親譲りの運動神経と名付けられた通りの向日葵のような明るい笑顔がトレードマーク。大好きなソフトボールでの経験やポジティブ思考で得た強いメンタルが強さの秘訣です。世界から賞賛されたスポーツマンシップに対する考え方も魅力的な選手。今後もさらなるご活躍で世界中を明るくしてくれることを願っております。

 

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【このコラムの著者】

プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートのメンタル面もサポート。全日本優勝、世界大会優勝など圧倒的な結果を生み出すメンタルコーチングを提供中。>> 今も増え続ける実績はこちら

【プロフィール】フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれました。生まれた国はイギリス。当時から国際色豊かな環境で育って来ました。1歳になる頃には、日本に移住しました・・・。>>続きはこちらから

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